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一之瀬守編END-3 ※近親相姦
こんな情けない奴を見て、今の守はどう思うんだろう。
「……なあ、守。兄貴のことを、怨んでるか?」
「いいえっ……怨んでなんか、いません……。だって兄のことがなければ、霧島先生と出会えなかったかもしれません……こんなに気持ちのいいことも……知らないで生きていたかもしれないんです……そんなの、不幸ですよね……うふふ、あははは」
とっくに軽蔑や、幻滅していると思っていた。でも、やはりそれは逃げで、上辺しか見ていない。守の中で、兄はいつまでも過去の存在でしかないんだ。
「そうか。それは何よりだ」
それは想悟としては本心の言葉。
「じゃあその兄貴とご対面といこう」
「ふ、へ……?」
意味のわからない守は、そんな間が抜けた声しか出せなかった。
守のアイマスクが外される。恐る恐る、己を犯している“犬”を見つめる。
元は精悍な顔立ちをしていたそれはもう舌を長く突き出して悦楽に浸っているが、面影はあった。何より他人ではないからこそわかるものがある。
そしてそれが誰か認識するや否や、
「……ぁ……あぁああぁああああああああああッ!? なんで、兄さんがここに、嘘だ、兄さっ……ひぃいいいいい嫌あぁあああアァァァアアアッ!!」
我に返った守が絶叫しても、勝は動きを止めることはない。自身の交尾にしか興味がない。
肉親である守のことも、完全に記憶から抹消されてしまった。勝の記憶の根底にあるのは、そう──真の飼い主だとか思い込んでいる、神嶽だけだという。その神嶽はたぶん二度と帰らないのに、ずいぶんな忠犬ぶりだ。
「う……ごかないでぇっ……やだ、やだやだやだぁっ! 兄さんお願いだからやめてっ……霧島先生ぇっ……オレ豚でも犬でも何でも犯されますから兄さんは……兄さんだけはぁっ……!!」
(ただ一人の兄さんとこんなことしたくない! 兄さんとこんな再会絶対したくなかった! なのになんで……兄さんもオレみたいな目に遭ってたの……? だから失踪してたの……?)
ようやく真実に辿り着いた守。
だが、勝とのまぐわいがここまで彼を絶望させるとは思わなかった。快楽に身を委ね、脳髄まで支配されんとしていた時よりも、鋭利な刃を喉元に突き付けられたかのような残酷な現実では違う……か。
「何言ってんだ。こいつはあんたの知ってる木村勝なんかじゃない。犬だ。犬には犯されるんだろ?」
「違う……違う違う違う違うこれは兄さ……犬……兄……あ、あぁ……う、ぁ……」
守は頭を抱えてしまった。自分が知っていた勝とはあまりにかけ離れた、滑稽で淫猥な姿。果たしてこれを兄と呼べるのか?
実の兄相手でさえ感じてしまう守の身体も、もう。この犬と同じだ。ただ快楽を貪るしか能のないけだものだ。
錯乱しながらも、勝に激しく突かれるたびに喘ぎを止められない守は、今まで見たこともないくらい慟哭していた。
「良かったな、守。こいつ、ずいぶんお前のケツが気に入ったみたいだ。さっきから全然動きが止まらないもんな」
「止、め、でぇっ……嫌……ほんとに゛ぃっ、嫌なんです……兄弟でこんなこと……! えぐっ、ううっ、兄さん、オレのこと忘れちゃったの、兄さぁんっ……!」
どんなに訴えたところで、勝の心に響くことなんてない。彼は大事な実の弟より亡霊を追いかけ続けている畜生だ。
いや……世良から少し聞いたことがある。兄を美化しすぎていると言っても過言ではなかったのは守で、一方の勝からは弟の話など出てこなかった。
勝は、どちらかと言えば自分に似たろくでなしの父親、優しいがかえって気を遣う父の再婚相手の継母、そして歳下の病弱な守に囲まれた家庭が息苦しかった。
人間関係も全て上っ面の付き合いだった。だから守とは違うベクトルでいじめられても誰にも相談できずに歪んだ。
そんな彼だからこそ、神嶽は勝の弱味につけ込み、完全に支配することができたんだろう。なにせここまで人格を破壊し、心を閉ざさせたことが証拠だ。
可哀想だなんて思わない。
ただ、こいつらは兄弟揃って愚かだ。
不器用な生き方しか知らない。できない。自分で気付くことすらも。
だから誰かが教えてやる必要がある。そのゴールが人の道を外れることであってもだ。
「いつまでも過去の栄光に縋るな! 現実から目を背けるな! そうやって逃げ続けた結果が……こいつだよ。勝も全てを一人で抱え込まなければ……もっとマシな人生が送れたはずなんだ」
もちろん予想でしかない。勝の将来など占い師にだってわからない。
でも彼の言動一つで何かが変わっていたかもしれない、とは想悟も思う。
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