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凪誠太郎編4-1 ※蓮見×誠太郎
『へぇ、それはすごい。ならばそろそろこちらへ連れて来られてはいかがですか』
電話の向こうでは、鷲尾がカンに障る優男声でへらへら笑っている。
ここのところ、想悟は誠太郎と特に大きな問題はなく性行為に及んでいる。
誠太郎もいつも嬉々として相手をしてくれるし、クラブに脅されていなければ、それはそれで充実した日々だった。ともすれば、やはりあの夜に起きた出来事は悪い夢だったのではないかとさえ思ってしまうほどだ。
たぶんそうした想悟の考えを察した世良がクラブに告げ口したのだろう。催促の電話が来たので出てみれば、鷲尾にこれまでの調教の成果を根掘り葉掘り聞かれることとなった。
クラブとしては、いつまでも想悟が誠太郎を独占しても損はあっても得はない。上手くいっているのなら、早く飢えた会員共に健気な生贄を味わわせろとのお達しだ。
「それは……でも……やっぱりまだ、早いんじゃないのか」
『いいえ、話を聞く限りベストなタイミングだと思いますよ。ですが、どうしてもまだ抵抗があると言うなら、今回はお試しをしてみましょう』
「は? お試し?」
『そうです。いきなり大人数を相手にするのも何ですから、まずはうちのスタッフで──』
電話を切ったのち、想悟は大きなため息が出た。
クラブへ連れ出すと言っても、まだ客を取らせたり、悪趣味なショーを開催する訳ではないという。想悟以外の人間とのまぐわいを命令した時、誠太郎はいったいどんな反応をしてくるか、様子見をするのだ。
それにしても、最初からわかってはいたつもりだったのに、こうして心身を手に入れた誠太郎を他の男に提供しなくてはならないと考えると、なんだか複雑だ。クラブの魔の手に堕ちた誠太郎がどうなってしまうのかと想像すると、どことなく怖さもあった。
別に誠太郎のことは好きでも何でもないから気にしなければいいと言えばそうなのだが。
キスもセックスも、こうして奴隷をつくることも慣れない経験なのだから、これを仕事にしている連中の常識と比べられても困った。俺は神嶽じゃないんだ、と言いたくもなる。
「……やっぱり覚悟を決めなきゃいけないのか、俺……」
屋上のフェンスに背をもたれながら、傍で悠長にクリームパンを頬張っている誠太郎を見やる。
今度は生クリームが飛び出て小さな手と口がクリームまみれになっている。いつまでも幼児みたいな彼に呆れそうだ。
誠太郎に関しては、やはりまだまだわからないことの方が多い。恋は盲目で、今はこうして素直に言うことを聞いていてくれるけれど。
さすがに他の男の相手をしろだなんて命じたら、嫌がるだろうか。それともいつもみたいにころころと笑って二つ返事で受け入れてくれるのだろうか。
「なあ、誠太郎」
「なーにー?」
「今週末、暇か?」
「うん暇だよー。お父さんもお母さんも夜勤なんだ」
「……そうか。それなら、俺と二人きりで出掛けないか。そこで起きることは、絶対に誰にも言っちゃいけない……この約束が守れるなら、だけどな」
「ほんと! 僕守れるよ! だから行こ! ゆーびきーりげーんまーんっ!」
誠太郎はすんなりとOKしてくれた。今までは外出したとしても、想悟の部屋以外で会ったことはない。少しでも想悟と一緒に居たい誠太郎からすれば、嬉しい誘いだろう。
(二人きりでお出掛けってなんだろー? デートかな?)
「デートじゃないからな」
「そっかぁ……」
想悟が心の声へうっかり反応してしまっても、誠太郎は何の違和感も持たずに返事をしてくる。想悟が心を読めることを微塵も疑わず、しかもそれを不思議にも思っていないような様子だ。
そんなところも、誠太郎は想悟の関心を惹いていた。
後日、待ち合わせの場所に現れた誠太郎をクラブの送迎車に乗せて、二人はクラブへと向かった。
「ふわぁー! なぁにここー? すごいなー! どこ見ても真っ赤だよ! 照明キラキラきれいー! オペラの劇場みたい!」
想悟が初めてこの施設に来た時のように、誠太郎は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回しては、すごいすごいと子供のように声を上げた。そんな誠太郎の手を引いて、宿泊施設へとやって来る。
部屋の中は、劇場のような大広間と違って見るからにSMのプレイルームという感じだった。天井からは鎖や縄がぶら下がり、キングサイズのベッドの四肢には拘束具が取り付けられている。ここでたっぷりと奴隷との倒錯した行為を愉しめるという訳だ。
そして今日この場には、想悟と誠太郎の二人以外にも、男を呼んでいた。誠太郎の相手をさせる人間だ。
既にスーツを着崩してやる気満々の蓮見は、二人を待つ間、悠長にベッドに腰掛けて煙草を吹かしていた。
蓮見に協力を仰いだのは、単なる消去法だった。
鷲尾は見ているだけで腹が立って仕方がないのでできるだけ話したくなく、かと言って柳では誠太郎と大差ない精神年齢である気がして、うまく調教できないのではと思えた。
残るは蓮見だ。まあやることはさておき、話は通じるだろうと考えたのだ。
「せんせー……? だれ……?」
「……まあ、俺の知り合いってところだ」
どう紹介していいかわからずに、曖昧に言うと、誠太郎はすっかりそれを受け入れたようだ。初対面の相手にも物怖じすることなく、ぺこりと会釈をすると、
「えーと、初めまして? 凪誠太郎です」
元気よく挨拶をした。
「おお、こちらこそ初めまして、誠太郎くん。きちんとご挨拶ができるなんて偉いな」
吸いかけの煙草を灰皿に捩じり潰した蓮見は、それだけで上機嫌になった。こちらに歩み寄ってきて、誠太郎の頭を大きな手のひらでぽんぽんと優しく撫でた。
蓮見の巨体の前では誠太郎の低身長が目立ち、こう見ると明らかに犯罪臭がしてたまらない絵面だ。
「いやぁ、すっかり指導が行き渡っているようじゃないですか、想悟様」
「そうじゃなくて……誠太郎は誰に対してもこうなんだ」
「それでも、そういう人間を見出したのは想悟様ですよ。ご謙遜なさらずに、もっと堂々としていてください」
想悟はそう言われても、と苦い顔になる。
司の件は極端な例ではあると思うが、やはりこのクラブに連れて来ると、誠太郎をあのように酷い目に遭わせることにもなるのかもしれない。向き合えば向き合うほどに、なんだかモヤモヤする。褒められたって良い気持ちはしない。
それに、今日は蓮見に誠太郎を抱かせることになる。今後会員達へ提供した際に粗相がないように、また、しっかりと愉しませることができる人材かどうかを確かめさせるのだ。
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