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凪誠太郎編7-1
自分らしくはないと重々承知の上だったが、その夜はクラブで食事を摂った後、鷲尾、蓮見、柳の三人を招集した。
もう限界だった。誰かに話だけでも聞いてもらわねば、本当に人の血が流れる──そう確信してしまったからだ。
「お前らは……人を殺したことが、あるか。少なくとも俺の前で司を殺した鷲尾以外は、だ」
想像はしていたものの、「覚えてねえなあ」「オレ、計算できねぇし」そんな冗談じみたことを真顔で言われた。
稀に見る凶悪犯罪者……戦慄の殺人鬼……世間ではそう言われるような輩とも、クラブではこうして簡単に会話ができてしまう。それが日常になってしまったことが、恐ろしくてたまらない。
何かが間違ったのか。こんな場所にいることが、俺をおかしくさせたのか。元からおかしかったのか? ああ、そうに違いない。
実は過去にオーナーの研究室とやらを開けてみようとしたことがあって、理性で止めて、それでも気になって、通りがかるたびに頭がふわふわとして、幻聴が聴こえてくるのだ。
『もっと酷いことをしてみたいのではないか?』
あの老人のしゃがれ声はオーナーではないのか。
……まあそれではあまりに非科学的だから、実態はオーナーの声をした幻。ただのストレスだ。
たぶん蓮見と柳よりも膨大な数の人間を殺してきている、だからこそ人の変化に敏感であるのだろうか、想悟の混乱を真っ先に悟ったのは鷲尾であった。
「調教過程でも、私生活でも、何かありましたか。酷く憔悴していらっしゃる」
「そんな風に見えるのか……俺」
確かに夜は眠れないし、飯もそれほど喉を通らない。
学園では担任としてホームルームをして、いろんなクラスを回り授業をして、クラブに言われたから誠太郎とヤることはヤッていて、また夜まで仕事。時にはクラブでも誠太郎と交わることもある。
ただそれだけの毎日。最初は刺激的だった秘密の授業も、慣れてしまった今ではつまらないとすら思えるローテーションだ。
「最近の俺……俺じゃないんだ」
こいつらの前ではなるべく弱味を見せたくない。そう思っていたのに、言葉にすると想いは溢れてしまった。
「こんなこと一度も思ったことなかったのに……俺っ……人を、誠太郎を、殺すかもしれない……どうしよう……どうしたら、いい……」
今度こそ笑われる。馬鹿にされる。そう思っていたのに、三人はかなり考え込んでいるようにあるいは腕を組み、あるいは眉間に皺を寄せて長いため息をついていた。
破壊と凌辱願望どころか、殺人願望すら現れてくるとは、やはりそんなにも。クラブを全く知らない青年だったあの頃に比べれば、彼らからしてもずいぶん変わったことだろう。
「想悟様。まず、何故そう思われたのですか」
先陣を切ったのはやはり鷲尾だった。跪くと、子供にするように想悟の両手をとって全面的に話を聞く体勢になる。
そうして、想悟は情けなくも三人に経緯を説明した。
「なるほど。しかしもったいねえなあ……殺すくらいなら俺にくれれば良いのに。ちょっくら小遣い稼ぎくらいはできますからね」
「そういうことじゃないだろ蓮見。テメェこそドタマかち割ってやろうか」
「す、すみません……冗談ですよ……」
鷲尾に睨まれる蓮見に対し、柳も柳で意見があるようだ。
「想ちゃんさぁ、ちょっと余裕ねぇみてぇだから距離をとってみりゃ良いんじゃねぇの」
「距離って……何日とか……」
「あぁん? そんなん自分で考えろや、言い訳ばっかでうじうじしやがって女々しいヤツ!」
「柳やめないか」
「で、でもよぉ」
「いや……いいんだ、鷲尾」
そればっかりは柳の言う通りだと思った。ちょっと仲違いしている恋人同士みたいな悩みだ。無論、そんな甘酸っぱいものではないが。
この三人ですら答えが出ないのか。そう思っていると、鷲尾が口調は優しげなまま、きつい双眸を向けた。確か司を殺した際に垣間見た紛れもない殺人者の眼だ。
「……大丈夫、俺と医療班で教えて差し上げます。人間は自分が思っているよりも強いものですから。どうすれば死に、どこまでは死なないか……さあ特訓ですよ、想悟様」
きっとこんな日が来る、彼もそう予想していたのだろうか。
久しぶりにエレベーターで降りた先の医療棟は、やはり一面真っ白で、やけに落ち着かない色合いをしていた。
「……やれやれ、懐かしいな。俺も子供の頃にオーナーに散々やらされましたね」
「オーナーに……?」
「いや、つい昔の話を思い出してしまいました。忘れてください」
そう言って先にすたすたと行ってしまった鷲尾の表情は見えない。
けれど、別にオーナーに対しての憎悪や、自分がしたことの後悔などの感情は、微塵も感じられなかった。
長い監禁での洗脳とも違う。それどころか、自ら好んでオーナーに志願し“研究”していたような──。
だからオーナーも若い彼に一目置いていたのだろうな、と今なら容易に想像できた。彼の過去は知らないけれど、ずいぶん上手く世渡りしてきたみたいだ。
「想悟様。怖気付きましたか? それともまた股間が誤作動を」
「ばっ……違ぇよ! 今行くから!」
鷲尾が足を止めたままだった想悟を振り返る。後者はさておき、全く怖くないと言えば嘘になる。
何があるのかも知らないし、まずグロテスクなものは目にしなければならないと覚悟を決めた方がいいだろう。クラブのやることにフェイクなんてない、あの最下層の惨状を見ただろう。
相手は人の形をした玩具じゃない……人間だ……人間なのだ……。
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