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凪誠太郎編7-2 ※グロ描写

 準備をし、手術室のような場所に入る。 「想悟様が勉強しやすいように、比較的悪人を揃えておきましたので同情は要りませんよ」  実験台として不幸にも選ばれてしまった彼らは、拘束はもちろんのこと、口を縫われていて弁解の余地も与えてもらえていない。刺青が入っているので、大方ヘマをした極道だろうか。  こんな状態で生きるくらいなら確かに死ぬ方が楽かもしれない、でも死ねない生き地獄もある訳で。それを今から目で見て、そして実践しようとしている。  まず一人、哀れな人間が選ばれた。  鷲尾はいきなり彼の頭を両腕でしっかりホールドすると、プロレス技のように関節技を決めている。男はくぐもった声で叫び、恐怖し、もう死を待つだけだと言うのに最後の最後まで抵抗した。  気絶させる手段としては、誠太郎にしてしまったことと似ている。 「ここまでは……続けてもせいぜい失神するだけで死なない。でもこうすると……」  力を入れるというより、むしろ逆だ。力んだ男の身体を利用するようにして、整体の施術のようにゴキリと音がすると、男の頭は百八十度曲がっていた。  まさか、首の骨が折れた? 男が絶命していることは誰が見ても明らかだった。 「死ぬ」  鷲尾は一ミリも興味のなさそうに吐き捨てた。まるで流れ作業のような鮮やかさであった。 「なんとなくは、おわかりいただけました?」 「わかりたくない……けど……誠太郎を殺さない為なら……」  誠太郎一人の為に何人を殺すのだろう。どれだけの犠牲を出せば済むのだろう。自分の我が儘ぶりに下唇を噛んだ。  とは言ったものの、「どこまでは死なないか」を意識しているらしく、悲惨な死に方はそう多くはなかった。あまり精神的負担が大きいと、想悟も現実でやりすぎてしまう可能性がある。  死なない程度に四肢の骨を折ったり、ペンチで歯を抜いたり、肥料にする為にミンチに──いやそれはさすがに音声だけだった。  それから、死体の解剖にも立ち会ったのだが、中身を開くたびに吐き気が勝って途中退出することを繰り返した。  教師になる際の講習として一応は受けていたものの、心臓マッサージやAEDといった人命救助活動も徹底的に叩き込まれた。  想悟が教わるべきは殺人のやり方ではない。むしろ「救済」だ。対象が「どこまで生きていられるか」だ。  それすらできないのならば凌辱鬼どころかどうしようもない殺人鬼に成り果ててしまう。  でも、結局はこの衝動を誰も止めてくれないどころか、“抑える方法を教える”──そんなところは、クラブらしかった。いっそ馬鹿なことは言うものじゃないとボコボコに殴られでもすればスッとしたかもしれないのに。  学びには、性的だが、多少の医療知識や暴力を伴うものも及んだ。 「すごいすごい。なかなか研修医ですら難しいものですよ。どうして理系に進まなかったものか」 「……文系が好きだったんだよ」 「ああ、新堂とかいう初恋の教師に憧れて、でしたっけ。なんと思春期の男子の心は移ろいやすいものでしょうかね」 「うるさい!」  研修医セットで縫合を練習していると、鷲尾がいちいち茶々を入れてくる。  手先が器用な方ではあると思っていたが、どうしてかやはり──オーナーの血を感じてしまう。  この日々に慣れろと。こうしろと。これが天命なのだとでも言うのか。死んでまで亡霊として苦しめるのか。  俺を捨てたくせに! 「煩悩のせいですよ」  糸が絡み合い、上手くいかなくなってしまった。いったん器具を置く。 「……やっぱりオーナーの血を受け継いでいるのかな、俺」 「だから初めに申したではありませんか」 「だって……! だってこんなおぞましいこと、父さんは考えだってしない! なのにだんだん染まってきている感覚が……怖い……自分が自分じゃなくなるみたいで虫酸が走るんだよ!」 「……あなたの父君は紛れもなくオーナーです。きっとその技術も、覚えようとすれば、知識だって全てが意のまま。短気なところだってオーナーにそっくりです。……けれど、どうにも環境によって変わった部分はかなりあるようですね」 「え……?」 「もちろん霧島蔵之助のことです。彼に何不自由なく愛されて育ったからこそ、あなたは自身の醜い願望や読心能力の開花に遅れが生じた。それが悪いこととは言いません。だって、真の愛を知る者など……このクラブでは希少な存在ですから」 「真の……愛……」  それはきっと、一切見返りを求めない無償の感情。誰かの為ならばその身を犠牲にしても構わない、という強い願い。  そうだ……このようなクラブにいる人間は、根っから裏社会に浸っているはず。  人並みの愛なんて知るものか、知っていれば悪逆非道などできるはずもない。スタッフや会員達の背景など知らないし知りたくもないが、勝手にそう思ってしまった。 「あ、ちなみに俺は溺愛されて育ちましたよ」 「……そんな最悪の性格でかよ」 「失礼な。俺の性格と両親の愛の深さは関係がありません」  そういえば鷲尾は幼い頃に両親を失っているとか聞いていたから、強がりかと思いきや、どうにも本音のようだ。  本気で血の繋がった家族の愛を知っている……それでこんなことができる、ずっとクラブに居るのに染まらないどころかブレずに平然と生きていられるのなら、それこそ悪魔のような男だ。その悪魔に頼らざるを得ない自分も。 「父さんに感謝はして良いのかな」 「もちろん。育ての親ではありませんか」 「そうだよな……それだけは変わらない事実、なんだもんな……」  どうしてオーナーが父親なのだとばかり言っていた鷲尾が手のひらを返したように蔵之助を肯定するのか、皆目見当がつかなかった。  だが……最初からわかっていたことだ。  蔵之助は養父で、血の繋がりはなくとも一生自分の父親と胸を張れる人物で、オーナーとやらは……生物学上の親に過ぎない。そこに情けなどなく、人として大事なことを教えてくれたのは紛れもない蔵之助なのだから。  その相反する感情が、今はつらかったけれど。

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