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凪誠太郎編8-1 ※鞭打ち

 和真に昼飯に誘われた。それと同時に、誠太郎の昼食を共にしようとあのどこに居てもわかりそうな明るい声が聴こえてこなかった。  誠太郎が想悟を避けた? いや、それだけはないだろう。  あの誠太郎に限って、他のことからは逃げても、想悟に対しては逃げるはずもない。どちらも珍しい出来事だった。  和真は学食の唐揚げ定食を食いながら、他愛もない会話をしている。けれど、それがうんざりとしてきた頃、彼の箸が止まった。 「あ。そーいえば誠太郎、今日休みだぞ」 「なんで俺に言うんだよ」 「あいつに頼まれたんだよ、『せんせーには絶対に言っておいて』ってな。俺も別に想悟に言う必要あんまねーよなぁ? と思ったんだけど、念の為」 「ああ……まあ、それは確かに」  休みか。下手な理由付けをしている訳でもなし、ただ軽い体調不良というところだろう。 「でも誠太郎の奴……この頃ちょっと変だよな」 「凪はいつも変だろ」 「いや、そうじゃなくてさ。例えば昨日も……登校してさ、俺がいつもみたいに絡もうとしたら、思いっきり拒否られて。え、俺なんかした? って聞いても、全然教えてくれなくて。さすがの俺も傷付いたな、アレは」 「ふぅん……」 「ふぅん……て、それだけかよ」 「凪は俺の担任じゃないから、正直何かあったとしても把握できないんだよ」  冷たい言い方かもしれないが、家庭や勉強や友人関係で何かあっても、全ての生徒に平等に時間をとってやれる訳じゃない。  誠太郎のことは今は奴隷指導しているから仕方なく深く関わっている部分もあって、そもそも想悟は和真の担任。どちらかと言えば誠太郎の担任の方に相談してほしいが……誠太郎が想悟に懐いていることは和真も承知の上だ。  和真が感じた誠太郎の異変など、想像は容易だ。  きっと、和真が普段通り元気に肩を組もうとしたら、反射的に振り払ってしまった……そしてその裏には、想悟も知ったばかりの「誠太郎は身体を傷付けられることに異常な恐怖がある」ことが関係している。  もちろん和真は口は悪くとも暴力なんて振るわないし、幼なじみの先輩として誠太郎を可愛がっている。けれど、あの凌辱の直後では、誠太郎は想悟にされたことを思い出して身に触れられる行為が怖かったのかもしれない。  表面上は変化がないようであったが、確実に効いている。それもあの誠太郎に……。誰もいなければ小さくガッツポーズでもしたいところだった。  誠太郎が学園を休んだのは一日だけで、彼は出席日数も十分足りている。人間なのだから体調を崩す時だってあるだろう、と特に周りに不審がられることもなかった。  けれど、想悟から見た誠太郎は、いつもの彼とはほんの少し違っていた。その証拠に、クラブへ向かう車内で、誠太郎は心配事を吐露する。 「……せんせー。あの……あのね。また……怖くて、痛くて、嫌なこと、するの?」  たまらず不安げに聞いてくる誠太郎。 「ああ」 「そっか……」 「どうした? まさか今さら怖気付いたんじゃないだろうな」 「う、ううんっ。へーきだよ……」  そうは言うものの、だんだん声は小さくなっていく。どことなく語調に覇気がない誠太郎は意外で、新鮮だった。  クラブに着いた想悟は誠太郎を個室に連れて行き、全裸に剥いて、四つ這いにさせる。拘束具の類いはつけなかった。それも、あえて、だ。  逃げようと思えばいつでも逃げ出せる状態で、誠太郎がどんな判断を下すのか。それが知りたかった。  傍らには鷲尾が待機している。 「なあ。一応聞きたいんだが……奴隷に許可なく傷を付けるのは、ルール違反になったりするか?」 「ふふふ……と言いますと」 「許可があれば……その、付けてもいいのかと……」 「許可など必要ありませんよ。これからのルールはあなた様がお作りになられるのですから。煮るなり焼くなり、どうぞ、されたいようになさってくださいませ……」  相変わらず適当な答えである。しかしそれなら好都合だ。 「そうか、わかった。……俺、誠太郎には鞭打ちをしようと思ってな」  鞭、と言われても、誠太郎はあまりピンと来ていないらしい。 「鞭……鞭……そうは言っても、何を使えばいいのやら」 「そうですねぇ、初心者ならバラ鞭かと。最初から難しい手術のできる医者なんていないように、要は慣れですよ、慣れ」  簡単に言ってのけられるが、こっちは完全なる素人だ。SMなんて、クラブのショーでこそ見せられるようになったものの、今まではまさか本当に自分がやる側になるとは思っていなかったので、扱いなんてさっぱりわからない。  言われた通り、責め苦の道具の中から適当にバラ鞭を手に取ってみる。一本鞭は確かに憧れるものの、初めてでは難しそうだと感じたからだ。  そういえば、習い事で乗馬を嗜んだことがあったが、乗馬鞭は使ったことがないし、あれもかなりハードらしい。そもそも想悟はジョッキーではないから、競争させる為の鞭なんて必要なかった。相性の良い一匹を決めて可愛がっていた。  それがまさか同じ人間を調教する日が来るなんて……思いを馳せるのも早々に、目の前の現実に意識を戻す。

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