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凪誠太郎編8-2 ※鞭打ち

「誠太郎……鞭打ちって、知ってるか?」 「え……なに……わ、わかんない……サーカスで動物さんの曲芸に使うやつ……? なにするの……?」 「こういうことだ。……いくぞ」  力の加減なんてないに等しく、思い切り尻目掛けて振りかぶった。  瞬間、風を切る音と共に、突き出された双臀に当たって大きな破裂音が鳴った。 「ひぎギギギギぎぎぎギギギギギギギィッ!!」  初めての鞭打ちに、誠太郎は声にならない叫びを上げている。  これで初心者用だと言うのだから、もっと痛みを感じさせるアイテムややり方ができる者にやらせたら、本当に死んでしまうんじゃないか。 「はっ……はっひゅ……は……ぎィッ……」 (痛い熱い苦しいお尻がどうにかなっちゃうよおおおっ!!) 「うわ。マジで痛そ」  打った当人でさえそんな感想を抱くくらいなのだから、誠太郎の味わった痛みはきっと尋常じゃない。 (せ、せんせー……僕、なにか悪いことしたかな……だからこんな風にお仕置きしてくれるのかな……僕がせんせーを好きなように、せんせーは僕の全てを見てくれてるはず……だからっ、だから僕もせんせーを信じるよ……) 「悪いことはしてない。ただ俺がやりたいだけだ。耐えろ。わかったな」  都合の良い解釈をし始めた誠太郎に、それだけ冷たく命令を下した。  今時、鞭で連想するのがサーカス、か。それこそ動物への日々の合図という調教だって、ここまで過酷なことは行わない。  できるのなら生まれた時から一緒に……そう、時に友達のように、家族のようにすらなりながら、共存する生活に慣れていく。そうして長年、調教師と獣の信頼関係が深く培われていなければ、ショーには出せない。  こんなただの虐待など、猛獣使いとしては失格かもしれない。しかしそれでも誠太郎にとって、「お仕置き」すらも愛情。  誠太郎はか細い声で「はい」と肯定し、首を縦に振った。 (せんせーが耐えろって言ったから! 言ったからには……僕だって最後まで頑張る!!)  良い心構えである。が、力が入りすぎたせいか早速ミミズ腫れになっている。こんな調子で最後まで堪えられるのだろうか。駄目なら、その時はその時だが。 「うぎがぁあああァアアアアッ!!」  何度も打っているうち、皮膚に切り傷が出来てきた。  尻肉というのは脂肪が多い部分ではあるが、それでも何度もこんな風に傷付けられれば、所詮は肌なのだ。怪我をするに決まってる。  さすがの誠太郎も我慢できずグスグスと声を上げて泣き出していた。こんな獣のような咆哮も聞いたことがない。それだけの痛みと熱、苦痛がこの小さな身体を蝕んでいる。 「い、だいぃぃぃ……痛いよぉ……ぐすんっ……」 「やめてほしいか?」 「ぅう……」  あの誠太郎に、迷うような間があった。でも。 「や、めないで……。どんなにつらくても、僕我慢するからっ、泣いても叫んでもせんせーの好きなようにして……お願い……」 「……そうか。なら俺も容赦はしないからな」  その言葉を待っていた……ような、気がする。  この程度で音を上げる誠太郎は誠太郎じゃない。例えば本当にやめてほしいと懇願されたところで、その“裏切り”を想悟はきっと許せない。二人はもうそこまでの段階に来ていた。  非道を自ら欲しがる誠太郎に、想悟は何の躊躇いもなく、間髪入れず鞭を振るっていく。  そう、そのまま泣き叫び、乞えばいい。「もっとして欲しい」と。実に健気な奴隷ではないか。 「……ふ、フフッ……クククッ……」  何故だか自然と口角が上がり、喉奥から異様な笑いが込み上げる。  初めて誠太郎を抱き、満足していた頃とは大違いの、どす黒い感情。  笑うな。集中できなくなる。笑うな──高鳴る鼓動を押し殺そうとシャツ越しに胸を押さえるものの、おかしくてたまらない。  それを鷲尾は何事もないように平然と見ている。それがまた、想悟の嗜虐心に拍車をかける。  このクラブでは、こんなの日常茶飯事。むしろ、他人を傷付けることを恐れ迷っていた自分が馬鹿だった。  ずっとやりたかったんだろ? こうして従わせたかったんだろう? タイミングさえ違ったけれど、いずれこうなる運命だったんだ。  父は「好きなことをやれ」と言って何不自由なく育ててくれたけれど、あのオーナーの血が入っている時点で、生まれつき俺は──。 「はぁっ……はぁ……はあぁっ……」  わずかな休息に肩で息をしている誠太郎を、氷のような目で見下す。  両親がとんでもなく苦労して不妊治療をした末に生まれた誠太郎。  そんな彼は家族に愛されて、友達や教師など周囲に愛されて、あげく想悟の愛すらも勝ち取ろうとしている。  たぶん最初から、愛に溺れた誠太郎が半ば疎ましかった。愛を与えてもらう為なら嘘偽りなく何でもする、恥も外聞もない彼が憎かった。  あげく現状維持の為に成長から逃避する彼は愚かすぎる。  年齢を重ねるにつれて周囲もまた変わる、つまり誠太郎を見る目が「いつまでも子供っぽくて情けない奴」だと、そう思われるのは至極当然のことなのに。  想悟は誠太郎を殺さないけれど、よくもまあ今まで変質者に拉致され淫らな悪戯をされ、そして惨たらしく殺されなかったものだ。  面白いことに、鞭打ち、誠太郎の常人では心が痛むような悲鳴を聞くたびに、身体の芯から火照るものがある。こんな異常な状況だと言うのに、股間はテントを張っていて、とても窮屈だ。  もう挿入したくてたまらない。けど、それでは誠太郎はまた快楽で理性がドロドロに溶けてしまうのではないか。  それでは駄目だ。次は何をされるのかと、恐怖と不安を維持したままでなければならない。

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