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凪誠太郎編9-1 ※男体妊娠描写
想悟はふと思い立ち誠太郎をクラブへ連れて行くと、鷲尾に案内してもらい下層へ来た。
それは想悟なりに、このクラブと真っ向から向き合おう、この誠太郎を完璧な商品にしようという一大決心だったのかもしれない。
クラブの下層に医療施設があることは、このクラブを初めに探索した際にも、特訓という名のおぞましい行為をした時も、軽く見て知ってはいた。
けれど、その時はあまり詳細には見て回ろうという気は起こらなかった。何も知らない自分がクラブの核を知ることが、オーナーに近付いていくことが、恐ろしかったのだ。
エレベーターを降りると、パーティー会場のような紅く輝かしい広間と打って変わって、やはりそこだけ別次元のような無機質で白に包まれた通路と部屋しかなかった。
昔から病院は嫌いだ。なんだかこの真っ白な空間に居ると身体がむず痒くて仕方がなくなる。
病気や怪我とは無縁とも言っていい身体であるからか、この身に刻まれた狂医学者のDNAが何らかの反応を起こしているのか……それは定かではないが。
「こちらでございます。……心の準備のほどは、よろしいですか?」
ある扉の前で立ち止まり、鷲尾が普段のへらへらとした表情を消してそう聞いてきた。まるで彼にも想悟の決意が伝わっているかのようだ。
今回は、誠太郎にも、そして想悟にとっても衝撃的なものを目にすることになる。
誠太郎には話はしていないが──ここのところの想悟は、誠太郎の処遇をどうすべきかずっと考えていた。
そして考えに考えた末、やはりというかなんというか、頼ることになったのは神嶽だった。
神嶽修介と呼ばれた男はもうこのクラブから姿を消して三年も経つ。そこに想悟を無理やりクラブと関係を持たせたのだから、もう戻って来る気も、後継問題に口を挟む気もないだろう。
正確には神嶽ではなく、彼が残していった奴隷に用がある。三年前の明皇学園で起きた凌辱劇の被害者の一人だ。
彼は何人かをこのクラブの生贄としたが、如月司や西條隼人のように殺人ショーに使ったものばかりではなかった。
そもそもは神嶽のクラブでの最後の仕事はオーナーが依頼したものだという。当時高齢であったオーナーにとっても、同じく最後の仕事になる。その仕事と言うのは、彼の趣味でもあったらしい「人体実験」だ。
つまりこの扉の奥には、オーナーの……実父のおぞましい“遺作”が眠っている。
「やはり時期尚早のようですね。まだよしましょうか」
想悟の緊張ぶりを察した鷲尾が言う。
「…………いや」
けれど想悟の意志は固かった。
「開けてくれ」
まっすぐに扉を見つめる。そこにどんなものが眠っていようが、ここまで来てしまった以上、もうこの目で確かめずにはいられなかった。
大きく息を吸い、吐き出す。鷲尾は今度は何も言わず、静かに扉を開いた。
「────!」
目の前に広がった光景を見て、想悟は息を呑んだ。想像以上、いや、範疇を優に超えている。とてもではないが言葉が出なかった。
想悟の前には、チューブやら点滴やら何か怪しげな機械に繋がれた全裸の人間がいた。
人の形を保てているだけ、最下層にいた身体の一部を切り刻まれた人間達よりはマシなように思えた。だが。
髪も長く伸び、女のような顔立ちをしていたから初めはわからなかったが、まじまじと見つめるにつれて“彼”がまだ成人を迎えたかどうかという幼さの残る年頃の男であることに気付いた。
こうして訪問客が来たことにも一切の反応はない。その黒目がちの大きな瞳は濁り、明後日の方向を見つめている。彼には見ただけで瞬時に神嶽やオーナーから受けた残酷な仕打ちを物語る悲壮感があった。
耳には家畜のタグのようなものが装着されており、『牡・奴隷生産機第一号』と書かれている。そして、臨月の妊婦のように、痩せ細った身体には似つかわしくないほど異様に腹がせり出ていた。
「見ておわかりの通り、これが以前お話しした奴隷生産機です。あの女の子の親……ということになりますかね」
「あの子の……」
クラブ内で目にした場違いな女児のことを思い出す。まだこのクラブの闇や自身の出生を知らず、元気に走り回っていたあの子。それは彼が生み落としたものだというのか。
「これに……名前は」
「さあ? もう忘れましたね。機械は機械ですから。番号で十分でしょう」
鷲尾は本当に記憶から追い出したのか、その振りをしているのか、相変わらずどっちつかずな態度だ。
仮に一号と呼ぶことにするが、一号は実に哀れな人間だと思った。
理不尽な肉体改造をされ、名前まで──その存在を抹消されて。
きっと何もしていない善人なのだろう。それを神嶽の魔の手にかかり、今の廃人のような形に至ってしまったのだろう。
そんな風にひどく冷静に考えはするが……自分のしていることは、神嶽と同じなのだろうか。
「ぁ、ア……う……」
ふと、一号が声にならない音を発した。声帯は無事なようだが、自我が崩壊してしまっているせいだろうか、言葉にはなっていない。
おずおずとチューブ越しに読心を図っても、何も聞こえてはこなかった。恐ろしいまでの静寂であった。それほどに彼の心は完膚なきまで打ち砕かれてしまったというのか。
「……む、れ……」
じっと耳を澄ましてよく聴いてみると、何か歌を歌っていることに気付いた。
「ね……むれ……ね……む、れ……は、は、の……む、ね……に……」
か細い声だったが、どうにかシューベルトの子守唄を口ずさんでいることがわかった。
「時々、そうやって歌っているのですよ。誰に聴かせる訳でもないのにね。ああ、もしかして胎教というやつですかね。それならば素晴らしいことです」
鷲尾は普段の一号の様子を知っているそぶりだ。
彼の腹の中にいる胎児も、いずれはあの女の子のようにこのクラブで生まれるのだろうか。
いや、そもそも女児ならばいったんは需要として命だけは助かるやもしれないが、男児ならばどうなるかもわからない……。
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