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凪誠太郎編BAD-1 ※IF
今の想悟の頭をいっぱいにしている彼は、いつも突発的にやって来る。
「せんせー! ぎゅー!」
明るい声で誠太郎が背後から一方的に抱き締めてきた。相も変わらず無邪気で、スキンシップが大好きな誠太郎。
放課後だからまだ良いものの、同級生からは「また始まったよ、霧島先生可哀想だな」だとか「でも誠太郎くんが可愛いから良いじゃん」だとか、男子と女子の生徒達で何やら揉めていることも多々ある。
「お前、危ない真似はするなって言っただろ。それに、こんな学園内で……もし誰かに見られたら俺が変質者扱いじゃないか」
「でも、僕達の他に誰もいないのは確認したよ? それにせんせーは今度は転んでないしねっ」
「そういうことじゃなくて……はぁ」
子供の質問攻撃のような物言いには、やはり頭を抱えたくなる。
ただ、ずっと疑問に思っていたことがある。それは誠太郎を贄として選んだ最優先事項でもある。
想悟は思い切ってそれを真正面からぶつけてみた。今の彼なら何らかの心境の変化もあるかもしれない、そう思ったからだった。
「お前は……本当に、本当に俺が好きなのか?」
「へ? せんせー、なに、言ってるの?」
「別に俺じゃなくても良いんじゃないのか? 事実あのクラブのオッサン達に抱かれて、お前はどんな恥ずかしい反応をしてる? そりゃ、最初こそ俺がお前を抱いたせいかもしれないが……お前は不特定多数に犯されても感じる変態だって痛感するたびに、俺は……ッ」
誠太郎を他人に抱かせるたび、ただただ呆れていた。失望していた。
想悟を悦ばそうとしていたのは本当かもしれない。それにしたって心の言葉でも、同じだった。なのにどうしてここまで頑なに「嫌だ」の一言すら口にしないんだ。弱音を吐くことだって、人間らしいだろう? それを誠太郎はしない。できるのに、あえてしないんだ。
「そんな……。そんなことないよっ! 感じちゃうのは……確かに……僕の意思じゃない時もあるけど……でも、僕がせんせーを一番好きでセックスもせんせーが最高だっていうのはいつも思ってる。ねえせんせー、せんせーは僕のこと嫌いでもいいから、せんせーを好きでいさせて! お願い信じて! せんせぇっ……!」
「……信じられないから言ってるんだよ」
自然と拳がつくられる。
「え……?」
「本当に俺が好きなら……ほんの少しでも、あいつらに抱かれる自分を嫌悪してほしかった……」
胸の内のモヤモヤしていた部分が止まらない。誠太郎の肉体を支配するだけなら、自分以外の人間の方が格段に易しいはずだ。だけど誠太郎は想悟にしか心を開かず、そんな想悟も、誠太郎の心はまだ完璧に読める状態ではない。
「せんせーに言われたから」たったそれだけで今まで凌辱を掻い潜ってきたのか。そんなの……そんなのまるで……。
「売春婦と変わらないよ、お前は。毎日違う相手を満足させる為だけに働いて、生きているんだ」
なんて馬鹿馬鹿しい奴だ。こんな人間は信じるに値しない。
俺がいなくなれば、また新たに心の拠り所を見つけて依存する。きっとこいつはそうして寄生生物のようにしか生きていくことしかできない。愚の骨頂だ。
「な、なんで……そんな……こと、言うの……僕……せんせーの為ならって、そう思って頑張ってきたのに……」
「そういうの恩着せがましいんだよ! 奴隷になるって宣言したのだって、お前が勝手に決めたことだろ! だいたいっ……いきなり何とも思ってなかった奴から好きだとか言われたって、気持ち悪いだけだろ!」
怒鳴られた衝撃もあるが、誠太郎は肩をビクッと震わせて、次の拍子には大粒の涙を流し始めた。全てを捧げると誓った相手に完全に拒否されたのだ。そんな彼の絶望は計り知れない。
「僕は……奴隷失格なの? せんせーは……もう傍にいてくれないの? そんなのやだよっ……僕っ、僕ね、せんせーがいなかったら、きっと死んじゃう……」
「だから……そういうところがいい加減重くてウザいんだよ! 死にたいなら俺を巻き込まず一人で勝手に死ね! 少なくとも……俺はもうお前とは接する気はない。とっとと失せろ」
「……そっか。僕……そんなにもずっと迷惑だったんだね。……ごめんなさい。ごめんなさいっ……」
その場で泣きじゃくり始めた誠太郎を残し、想悟は歩を進めた。しばらく泣き声が聞こえていたけど、振り返ることはなかった。謝るくらいならいくらでもできる。
少なくともクラブの連中には好かれているようだし、調教は十分だろう。もうあそこに放り込んでとっとと終わりにしたい。そんな無責任なことを考えていた。
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