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凪誠太郎編END-1

 誠太郎を正式にクラブの奴隷としてお披露目するその日、多くの客の中にずいぶん厳しい、蓮見とそっくりな高齢の男が居た。  すかさず鷲尾と共にテーブル席につき、教えてもらったが、彼はかの蓮見の祖父で、広域指定暴力団の六代目を務めている男だそうだ。  さすがの想悟でも、組の名前くらいは聞いたことがある。それほどに裏社会に染まってしまったのだな、と痛感した。  彼は孫ほどはクラブに来ることはないようで、今宵が初対面であったが、正直仁侠映画からそのまま出てきたかのような風貌に辟易してしまった。  蓮見だけでも十分強面だというのに、ちらほらと欠けた指や顔の傷を見ると、途方もないような修羅場を潜り抜けてきたのだろうと容易に想像できた。彼を前にしてしまうと、蓮見や柳なんか本当にただのチンピラ程度だ。  しかし、どんなに恐ろしい男かと思いきや、ずいぶん気さくには話しかけてくれた。  きっとクラブ設立当初からの付き合いだったという、オーナーの息子だから。いや、それ以上に……今の自分は、このクラブに居ても良いと認識されている証。 「それにしても、お前はオーナーと支配人よりは話がわかりそうだ。まだ頼りなさは感じるがな。若さ故だろう」 「……精進します」  あまりの威圧感に小さく頭を下げたが、六代目は謙遜するなと言わんばかりに肩を叩いてくれた。 「……その……お聞きしますが。親父と支配人は……どんな人だったんです」 「わからない」 「……え?」 「言葉通り、何をしでかすかわからない。そういう連中だった。しかしそこが良かった。極道は今も昔もある種の掟があるが、ここではそんなものさえ通じないのだ」 「そうですか……。俺は、そんな男の息子で……後継者で……ははっ……確かに、ずいぶん勝手な人間だったみたいですね」 「俺もそういった類いのことは息子にもよく言われたな。俺と妻は堅気として生きる、と。結局奴ら、金が無くなると俺に泣きついてきたくせにな。あげく、恭一を巻き込むな、とも。だが恭一はこちら側についた。なるようになる、それが人生というものだ」 「つまりは、俺の人生も……?」 「そう。今はただ、波に呑まれていればいい。直感を信じ、閃きがあればひたすら突き進むんだ。これはクラブを深く知り、任務を遂行し、次の世代を背負って立つ若い者にしかできないことだ」  なんだかずいぶん褒められているようだけど、自分では複雑な想いだ。初めに提示された調教を終えただけで、まだ、クラブを継ぐとも決めていないのに。  六代目の席には真っ先に誠太郎も来させた。首輪を嵌めさせ、四つ這いを強要する、完全なる動物扱いだったが。 「誠太郎。ご挨拶は」 「あ……はい! 新しくこのクラブの奴隷になりました、凪誠太郎です。何でも言われた通りにご奉仕しますので、よろしくお願いします」  言葉遣いが失礼でないか、ちらりと想悟を見た。想悟が首を縦に振ると、いくらか安堵したようだった。 「誠太郎、この方は……覚えてるかな、俺と一緒にお前を犯したお兄……さんの、お祖父様だ。粗相のないようにな」 「ああ! あの身体が大きくてすっごく気持ち良くしてくれたお兄さん? 覚えてるよ! わぁ……僕も僕のおじいちゃんのことは大好きだから、あのお兄さんの家族に会えるなんてなんだか嬉しいな」  誠太郎は、知り合いの家族と聞いて目をキラキラとさせている。六代目にも実に平等な態度であった。  実際に暴力を振るわれれば恐怖するだろうが、「暴力的」な人間が醸し出す雰囲気を悟ることはできない。 「ふん……これが恭一の今のお気に入りか。確かにあいつが好みそうな見た目だ」  彼ほど冷静な男なら、感想もそんなものなのだろうか。  六代目は男の欲望を満たす為と言うより、オーナーの、ひいてはクラブの世にも珍しいショーを見ることが好きらしかった。その為ならば、黒瀧組の末端やヘマをした幹部でさえもクラブへ堕とすが、大したことではない。  誠太郎は鷲尾に首輪を引かれ、次の席へと這って行った。 「そういえば……蓮見……いえ、お孫さんは、いずれ組を継ぐのでしょうか?」 「そこまで甘い話があるか。あれには最初から期待していない。このクラブを知るきっかけを作ってしまった俺にも責任はあるのだが……あれはとにかく熱しやすく冷めやすい性質でな。俺の弟分の孫娘を嫁がせようと考えたこともあるが、とてもじゃないが所帯など持てん。いずれ俺が身を引いて終わりだろうな」 「そんなことになったら、跡目争いにはならないんですか」 「ならんように警察内部にもクラブを介して手を回している」 「それもこれも、上手いこと出来ているって訳ですか……」  いつか鷲尾が言った“クラブは必要悪”であるという言葉を思い出す。  この場所があるからこそ表の世界で一定の安寧が保たれている。果たしてそれは真実なのだろうか。  少なくとも、利用され、魅入られてしまった以上は、もう全否定ができないことが悔しくもある。

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