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凪誠太郎編END-3 ※魔女裁判、爪剥ぎ

 ペンチの男に合図を送って、誠太郎の人より小さな愛らしい手の爪を剥がしにかからせた。力任せに一気に剥がさせることはしない。しかしそれは苦しみをより長く、増幅させる。 (ひいいいぼぼぼぼ僕のつめがっつめがあああああああっ!!)  どこかに足をぶつける方がよっぽど簡単に取れてしまうくらいだ。かなりの時間をかけて、一枚目の爪が剥がれ落ちた。 「あ゛ああぁぁあああっ! ひあぁあァアアアッ!!」  初めて味わう痛みに誠太郎は拘束の中で悶絶した。  絶命させてしまった方が楽だろう。だがそれでは駄目だ。死んだ方が楽であるくらいの恐怖と苦痛を誠太郎に与える。そんな時ですら、彼は正気を保てるのだろうか?  また、誠太郎は叫ぶたびに殴られた。見るからにわかりやすい方が会員が悦ぶからだ。  瞼は紫色に腫れ、以前はからかいでつねったりしていたふっくらと柔らかな頬も無残なほどに痣や切り傷だらけ。  間違って舌を噛まれては何だからと、スタッフが猿轡を噛ませようとした。それを想悟は制した。 「やめろ。このままお客様に悲鳴を聞かせてやればいい。うっかり死んだって、それはこいつがその程度だった、ってだけだ」  言われた男はこうべを垂れて一歩下がった。  そもそも魔女裁判なんてものは、集団ヒステリーが起こした歴史的大罪と言ってもいい。各々が抱える不安や恐怖を、果ては煩悩ですら全て魔女の仕業に仕立て上げ、何の罪もない人間に押し付けることで、御大層な国の統治に貢献する。それとも、単なるストレス発散か。  女子供も、地位の高い男でも関係なく拷問し、自白を要求し、そして後の残骸は無残にも火あぶりにして殺す。そうすればこの地域は、魔女の怒りと恨みが呪いを生んだ哀れな村、街になる筋書きだ。  本当のところは誰も知らない……いや、知ってしまったとすればそいつは「魔女に魅入られた」として凄惨な末路を送る。  ここは中世でも何でもないのに、それを望む者がいる。時代錯誤も甚だしい馬鹿げた連中。  だがいつの時代も変わらないのだ。方法が違うだけで、やはりこんな風に犠牲を伴う行為を見て、行って、悦ぶ者が大勢いる。  無論そこには自分も含まれている。人間が人間である以上繰り返される悲劇そのもの。まったく変わらない愚かさだが、わかっていて愉しむことをやめられないのだ。  それはもう、つい酒やドラッグに手を染めてしまうかのように、依存症にすらなっている。  誠太郎は、時代が時代なら毎日欠かさず家族と教会へ行き、その行為をよくわからないまでも、熱心に神を信じてお祈りをが欠かさなかった、いつどこにでもいる信仰心の高い純粋な少年だっただろう。  だが、俺が「こいつの言動はおかしい、悪魔に魅入られている」とでも言えば? 最悪の場合、家族さえも巻き込んだ拷問の日々が始まる。  状況証拠しかない検察側は、何としてでも目撃者の他のルートを探ろうとする。しかしそれができない場合は、真っ先に怪しいとされる人物の口を割ろうとする。魔女裁判においては、「自白こそが決定的な証」であり、「自らの罪を神の御前に告白し、悔い改めてこそ来世で救いがあるだろう」と、信じ込まれている。  神やら罪やら、自分がクラブで散々言われてきたことのようだ。だから断言する。この世に神なんて……不平等な存在などいてたまるか。  だが悪魔に似た人間は実在する。このクラブの者達、だとかな。 「悪魔じゃない悪魔じゃない悪魔じゃないいいっ!! ぼくっ……僕は、せんせーが好きなだけ! 好きなだけなのおおぉっ……!!」  誠太郎はほろほろ泣いた。  だが何を言おうが信じてもらえない。スタッフや、会員らも一緒になって、口元を緩ませながら「真実を言え!」と茶々を入れる。  ……こいつら、本当に中世にタイムスリップしてないよな。呆れるくらいに演技だか本音だかわからないが責め方が上手い。 「あぎゃはああああっ! うぎぃあぁぁああああッ!! ゆるじでっ、ゆるじでぇっ……! ぼぐ死んじゃう゛っ……! 死んだらぁっ、ご、ほーし、できなっ……ひいいいぃぃっ!!」  両方の爪が全て剥がれる頃には、誠太郎は肩で息をしていた。  もう自分でもよくわからないことを叫んでいる。「許してください」「ごめんなさい」「僕が悪かったなら何でもして謝りますから」それらをうわごとのように繰り返す。  涙は滝のようにこぼれ落ち、少しでも良心を持っている者であれば、胸が痛むだろう。しかしこの程度の拷問はクラブでは日常茶飯事だ。  これでは駄目だ。足りない。彼の最大の魅力は、そうだ、「俺を好きなこと」だ。 「誠太郎。俺が好きなら、耐えなきゃ駄目だ。悪魔じゃないんだろ?」 「……う、ん……違う、よ……」 「じゃあ、簡単だよな」  至極当然のように言う。今まで誠太郎が経験してきたことだって、凡人にはつらい出来事ばかりだった。  それを耐えてきた誠太郎はもっと先のステージまで行けるはずなのだ。このくらい朝飯前だろう。  そうは言うけれど、痛みと暴力的な行為にだけは弱い誠太郎の瞳が一瞬虚ろになるのを見逃さなかった。  こんなことが続くなら、いっそのこともう死んでしまいたいか。俺を好きなんて戯言だったか。  けど、やっぱり。 「せんせーのこと……好きぃ……がんばる……ね……」  痛みと恐怖で震えの止まらない身体で、痛々しい笑みを向けてきた。 「そうか……。俺はこれ以上傷付けたくないけど、お前がそう言うなら。お前は生涯性奴隷だって証を、その身にも刻むことにしないとな」  誠太郎は拘束を外され、台から転げ落ちた。その身をうつ伏せになるよう押さえ付け、尻を鷲掴みにする。

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