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凪誠太郎編END-4 ※魔女裁判、火かき棒

 想悟が片手に持つのは、熱した火かき棒だった。通常の使い方とはもちろん違うが、一生消えない火傷を残すことができる。  特定の絵を描いたり文字を書いたりして遊ぶ場合もあるようだが、想悟は一目見て凄惨な凌辱がなされたとわかる見た目を選んだ。つまり無数に傷を付けるのだ。 「な……なにっ……せんせー……それ、なに……」  誠太郎の声の震えようは、まるで殺人鬼を前にしたそれだ。 「お前は、このクラブの奴隷」  自分でもどうしてしまったのだろう、とさえ思う冷ややかな、機械的ですらある声音。どこか……誠太郎への気持ちが……今までとは全く変わりつつあった。 「そうだよっ……! そう……だ、だからっ……」  言いかけて、誠太郎は口を噤んだ。 (そう……僕は奴隷……だから何だって受け入れなくちゃ……これからせんせーがしようとしてることも、きっととてもつらい……でも、でもね、僕なら最後まで耐えられるよ、だって悪魔なんかじゃない良い子だもん)  「そうだからやめてください」とでも言いそうになったのだろうか。快楽など一つもなく、もはや常軌を逸している。  それでも誠太郎は、覚悟を決めたように唾を飲み込むのみだった。  このクラブの誰にも逆らえない「奴隷」を象徴する焼印。ジュッという肌が焼ける音と煙と共に、紅い火傷痕が誠太郎の白い柔肌に浮かび上がる。 「あぎひぃいいいいいっいいいいいいッ!!」  広間全体に広がるような金切り声が上がった。  正直、今までで一番良い見世物だった。火かき棒を押し当てるたびに客席から拍手が飛ぶ。誠太郎が抑え切れない悲鳴を上げる。なんて単純明快な行為なんだ。  なんとも奇妙な気分だった。目の前の誠太郎を痛め付け、一生ものの傷を負わせているのに、心はひどく凍えていた。  何も思わない。これは人間じゃない。奴隷。ただのモノ。  想悟は機械的に何度も続けた。きっと爪を剥がすよりも、殴る蹴るよりもつらい。 「は……ひゅ……おッ……お、ぉ……」  やがて、誠太郎は白目を剥いて気絶した。しかしそれはすぐのことで、意識は戻り、あまりの熱と激痛にのたうち回っている。  だが、誠太郎は真っ先に想悟を見やり、血塗れの両手で這って想悟の足元にやって来る。誠太郎のずいぶん献身的な“愛”に、客席はほう……と感嘆の声を漏らしていた。 「誠太郎。これをやめたければ言え。もうやめろと。俺なんて好きじゃないと。そうすればすぐに終わる」 「な、んで……?」  それでも誠太郎は、純粋な疑問に首を傾げるだけだった。 「僕は……せんせーが、好き……嘘じゃない……やめてほしくない……好きじゃないって言わなきゃいけないなら、ごめんなさい……それは、できない、かな……」  もう視界すら見えないだろう涙や、生理的な汗、鼻水、そんなものが混ざったぐちゃぐちゃの顔で、かろうじて見上げてくる。 「いい……せんせーがしたいこと、僕、ちゃんとわかってるから……だいじょうぶ……えへ……えへへ……」  とっくに死にそうなほどなのに、なかなか死なない辺りは彼の生命力はかなり高い方だ。精神力だって、半ば朦朧としてはいるだろうが……それでも一貫して主張を変えることはない。  いったいこれは何の為の拷問だ。彼の意志を曲げる為だろう。それなのに。 「どうしてそこまでするんだ」 「……好きな人のために……理由がいるかな」  この辺りが潮時だろうか。大きくため息をつくと、想悟は満身創痍の誠太郎を見下ろす。  もうこれ以上は。何をしても彼は嫌いだなんて言いそうにない。読んで字のごとく、死んでも。  地獄そのもののような世界にも、誠太郎は光を見出し続ける。それを潰すのがクラブだと言うのに、彼に真の絶望を与えることはできない。  だって彼が見ているのはいつだって、太陽だから。それが例え作り物でも、彼の思い込みはあまりに激しい。  もはや想悟も褒めてやる他なかった。 「そうか……お前、本当に俺のことが好きなんだな。わかった。……よくわかったよ……頑張ったな」  どんな手を使っても有罪にしなければならない、そうでなくては誰も納得しないのがそれであるのに、彼はあろうことか……無罪を勝ち取ってしまった。それもたった一人で。好意……いや、それよりももっと、深く清い感情で。  なら、想悟が下す判決は。 「こいつは悪魔じゃない。このクラブへの生贄ではあるけどな」  おおっと会員らの歓声が沸いた。  そして、耳元で誠太郎に囁く。 「誠太郎…………愛してるぞ」 「っ……!?」  言った。遂に言ってやった。その瞬間、誠太郎はビクッと身体を大きく震わせた。  それほどまでに大好きな先生からの告白を聞けたんだ、さぞかし嬉しいだろう。

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