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財前和真編6-1
普通なら、一度クラブへ連れて来た者を日常に帰すことはまずないという。
だが、三年前に明皇で起きた凌辱での神嶽のやり方はかなりリスペクトされているようで、その例外は想悟にも適用された。
想悟としても、これ以上自分が非日常に蝕まれるのはたまったものではないので、神嶽の功績というのはそれはそれはありがたいような、複雑な気分だったが。
結果、和真はあの公開凌辱の後もいつも通り学園へ通うことができている。
……というのは少し語弊があり、クラブでの出来事も他言無用であると完全に脅されて仕方なく、だ。
想悟の授業を受けている時も、ホームルームで教室にいる時も、たまたま廊下ですれ違う時も、和真は以前よりは元気がなかった。
それもそうだ。世良も共犯だと知った今では、そもそも教師への、学園への信頼が地に落ちている。
しかし想悟にとっては、あの日のことはかなりの収穫だった。
和真の身体と心のアンバランスさ。己の読心能力の伸び代──。どれも十分に考える余地がある。
その日の一コマは受け持つ授業がない為に和真を呼び出そうとしていると、またサボろうとしていたのか当の本人と出くわしてしまった。今日ばかりは、彼のサボり癖はちょうど良かったが。
想悟を見るなり逃げ出そうとすると思いきや、和真はやや怒り気味で「俺も聞きたいことがある」と言ってきたので、空いていた視聴覚室に連れて行った。
「聞きたいことって?」
「あの……俺を連れ込んだ場所。何なんだよ。SMクラブ? よくわかんねーけど、こういうのって映画とかだとバックにヤクザでもついてたりするんだよな。あんたは知ってるんだろ? というかなんか特別扱いされてたし」
「別にお前は知らなくていい」
「な……そんな全否定しなくても」
(と、言うより……言えない場所……ってとこか。それなら、想悟のバックにも……なるほどな)
正確には奴らの仲間になったつもりはないが、おおむねその通りだ。
クラブのことをうっかり漏らす必要もないので、和真にはなるべく黙っていようと思う。
「……学園長とすれ違うと、あいつ、俺を抱いてた時とは違うフツーの教師じみた笑顔で接して来てさ。気味悪くてたまんねぇんだよ。こうやって何事もないように話してるあんたもだけどな……。まったく三年前から始まってどうなっちまったんだよこの学園は」
「……? お前は三年前のこと、話して平気なのか?」
「え……ああ、杉下の呪いとかいうやつ? 知らねーよ。つか俺そん時まだ中等科だし? 噂で聞いただけ。まあ、高等科では今もタブー扱いされてるのは知ってるけど。皆いろいろ問題抱えてたみたいだし、時期が重なっただけの不幸の連鎖だろ? どっかのB級ホラー映画じゃあるまい、まさか想悟までそんなくだらねぇ話信じてる訳じゃねぇだろうな」
「いや……。そっちじゃなくて、ただ、俺は……」
単刀直入に聞きたいことを言いかけて、学園中に世良の監視が行き届いていることを思い出す。言葉には気を付けなくては。
けれど、和真は“三年前”の学園の出来事について、珍しくタブー視していない側の生徒なのか。
実際に当時の高等科の雰囲気を知らないせいもあるだろうが、こう大人の事情に首を突っ込みたがるところはどことなく和真らしいと感じた。
「……俺は、和真から見ればそうじゃないってことはわかってる。でも……この明皇学園高等科の教師なんだ。だから、失踪した生徒や教師の安否は気になる……それは本心なんだ」
「……あっそ。ま、新人からすると尻拭いさせられてそうで大変そうだよな。世良学園長の前……確か、神嶽……とかいう奴も、正式な学園長の後釜になる予定が事故で死んだって聞いたし」
「神嶽だと!?」
その名前を聞いた瞬間、飛びつくように和真の肩を両手で掴んだ。
我ながらどんなに必死な形相をしていたのだろう。和真は脅えの表情を見せながらも、答えてくれた。
「えっ……? お……お、俺は、あくまで噂で聞いただけ、だからな!?」
「それだけか!? 他には!!」
「他……? 顔も声も知らねぇよ、ただ進学したらあの方と毎日会えるんだわ、なんて夢見てた女子達が残念がってたから、ちょっと悔しかっただけで……」
口先を尖らせ始めた和真。
ノンケである以上そこまで年頃の女子を虜にする男に大なり小なり嫉妬はするだろうし、第一彼が神嶽を知っていたところで親交すらないだろう。嘘はないと断言できる。
「あ……悪い。それで……その、教師の他には……生徒とか……」
「ああ……それなら。あんたも知ってると思うけど、如月先輩が……あの、ほら、心中した事件。俺、あれ結構ショックだったんだよ。如月先輩は……親の関係でちょっとだけ親交があったんだけど、後輩からも有名人だし、俺みたいなのにもさぞや厳しいのかと思いきや公平な態度だったからさ」
まさか和真の口から神嶽と司の両名が出てくることになろうとは……。それも司の本当の最期に関しては、自分が一番よく知っている。
未だにあのことを思い出すと古傷を抱えたようにこめかみがズキズキと痛み出す。止めたかった。止められなかった。
クラブの恐ろしさを、司を人間とは思えないまでに堕落させた神嶽という男の闇を、その身で思い知った。
「……な、なんだよ今の。ちょっとビビったー……。ったくたかだか前学園長のオッサンがどうしたっつーんだよ」
何も知らない方からすれば当たり前だが、不満そうに言ってくる。
でも世良に、クラブに何か隠し事をしているのかと問い詰められでもしたらそれこそ面倒だ。
指を唇に当て、小声で喋るように指示をした。
「いつか……話す。あのクラブのことも、どうしてお前を犯すのかも、神嶽のことも……全部話すから」
「……お、おう……」
変なところ察しが良い和真は、そんな理不尽な言葉も、真剣な声音の想悟から今は少し納得したようだった。
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