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財前和真編7-1
和真に生じた疑問について、たった一人で抱えるのはきっと効率が悪い。
これが慣れというものなら恐ろしいが、あまりクラブに引け目を感じなくなっていた想悟は、ひとまずその手の話に詳しそうな鷲尾に聞いてみることにした。
鷲尾は顎に手を当てて「珍しいな」と小さく呟き、思ったよりは興味ありげな様子だった。
「お話を聞く限り、財前和真の思考……解離性障害に当て嵌まるものではありますね。明確に違う人格が現れることがあるのならば、いわゆる多重人格とも思われますが」
「それって……やっぱり、病気なのか」
「症状が酷く、生活が困難な場合はそう言っても構わないと思います。ですが、今のところ記憶は保持しているようなので、やはり根本的な原因は両親のストレス。そして現在多く見られるのは、離人症」
「離人症……」
「自分をどこか外野から見ているような感覚になっている……そんな説明がわかりやすいでしょうか」
それを聞いて、想悟は今までの和真の言動にある種納得できる部分が出てきた。
和真は年相応な言動の裏で、心の中では自分をずいぶん達観視しているようなところもある。
それが鷲尾の言う症状なのであれば、説明がつく。
鷲尾が珍しがるくらいだから、このクラブでも滅多に居ないということだろう。
凌辱の末の精神崩壊ならまだしも、元よりそんな気質を持つ人間を選んでしまったことはある意味奇跡ですね、と完全なる嫌味を言われたが。
「まあ、我々は医者でもカウンセラーでもありませんから、利用するには持ってこいの人材ですね」
「……そうだな」
そう。和真が何を抱えていたとしても、救ってやる必要はない。
想悟にできるのは、和真を奴隷へと堕とし、クラブに貸しを作り、父の不自由を解いてやるだけ。それ以外に何の意味もない。
あまり余計はことは考えるな。
だが……ずっと和真の心に触れ続けているからこそ、ほんの少しだけ……どうしたら彼は自由になれるのかとか、無意識の内に考えてしまう自分がいた。
しばらくの間、図書室で精神の病やそれらを題材にしている小説を一通り借りて、学園でも私生活でも読み漁る生活が続いた。
和真がああなっているそもそもの原因が外的ストレスなのであれば、今のこの、凌辱という状況も余計に負荷がかかっていることだろう。
初めはただ、人と違う言動をして注目を浴びたいだけの、面倒な生徒だと思っていた。
それが彼の思考はまるで自分が自分ではない。
現実感がない。この世自体が、壮大な舞台のように感じている。
もし本当にそのようなものだったら……なんて途方もないのだろうか。
「わからないな……」
心の声が聴こえる。
そんな他人からは信じられない超能力を持つ自分でさえ、人一人の心を完全に掌握することは不可能だ。
できるのは、表に出ない感情の一角を言語化して読み取るだけ。
今日の放課後も、集中しすぎていたせいか身体の凝りを感じ、ぐっと伸びをしてはテーブルに頬杖をついて大きくため息を吐く。
普段、どんな授業をやろうかと事前学習するよりも、よっぽど精神的に堪えるものがある。
考えないようにはしていたけれど、やはり自分は人間としても男としても未熟なようだ。
和真が気になって仕方がない。だからこうして図書室にこもっている始末だ。
こんなことをしている暇があるなら、肝心の和真と直接会って、どうにか打開策を練らなければならないのに。
自分は和真をどうしたい? 奴隷にしたい……いやそれ以前に、きちんと向き合いたい。
彼を否定し続けていても、それはやはり和真の心の傷を深くするだけ。
否定せず調教するには……彼の方から、性指導を志願してくるよう仕向けるべきではないか?
具体的にどうするかは定まっていなかったが、今までのようでは何も変わらない。
その時、ガラッと扉が開いて、いつ何時も明るい誠太郎の声が聞こえた。
「あ! せんせーだ!」
「ああ、な、ぎ……」
しかし、彼に続いて入ってきたのは想悟の頭を悩ませている張本人の和真。
和真も、想定外のところで想悟と出くわしてしまい、気まずい顔をした。
誠太郎は教師の自分でさえ十分には理解できそうにない科学誌を抱えている。
得意分野なだけはある。こちらに寄ってきて、ページをめくりつつ好きな論文の説明をしてくれるが、正直そこまでは興味がない。
「……ま、漫画返しに来ただけだから」
「……そうか」
どうも誠太郎の付き添いのような形で、和真も自分の借りた本の返却手続きを行なった。
和真に今読んでいるものがばれると、何かと勘繰られそうだ。咄嗟に隠そうとしたものの──。
「あれっ! せんせー、それ、映画になったやつ?」
先に誠太郎にばれてしまい、後に引けなくなってしまった。
「あ、ああ。原作が気になってさ」
「それは僕も知ってるよ! 主人公が多重人格のさいこすりらー? ってやつなんだよね! 怖いから友達とみんなで観たんだぁ」
「へ、へぇ。よく観れたな。お前には苦手そうなのに」
「うん、でもアメリカの有名な学者達も絶賛してたから。なんかね、演技がすごくリアルで、医学に興味があるなら教材にも良いんじゃないかって描写が多いんだって!」
誠太郎に罪はないが、何食わぬ顔でこのまま話を延ばされていると、まずい。今日のところは和真に帰られてしまう。
「っ……和真! あの……お前はこれが原作の映画……観たか? どう思う?」
慌てて和真に声を掛けた。
他の本は背中で隠し、その小説の表紙を見せつけるようにして引き留める。
「え……あ、あぁ……。観たことあるけど……難しくてよくわからなかった」
そう苦い顔で言ったまでで、誠太郎がいるとはいえ距離はとっている。
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