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財前和真編10-4 ※ハメ撮り、3P

 あまりの情けなさに、想悟はいよいよ我慢の限界が来て和真の前に立った。  絡み相手の二人は、とりあえず和真からはどけて近くに立たせている。 「和真」 「ふぇ……?」 「逃げても良いことなんて一つもない」  和真は何のことかというように首を傾げている。 「いい加減認めた方が楽だぞ。お前の両親は、お前がどんなに頑張ったってお前のことなんて見てくれない。お前の存在なんて奴らには、装飾品と同じようなものなんだろうな。いきなり現実見るなんてつらいと思う。でも、いつかはそれを受け入れなきゃ……前には進めないと思う」 「……そ、そんな……こと……ぁ……」  和真が蚊の鳴くような声で呟く。 (俺……逃げてる……? そう……でも、逃げないと俺……駄目になる……) 「とっくに駄目になってるんだよ、お前は……俺達は! それならいっそのこと……諦めっ」  全てを言う前に、和真の反応が制した。 (逃げるなら……)  和真の濁った瞳に、ほんの一瞬光が見えた気がした。  が、その刹那、 「あぁあっああアァァァアアアア!! ギャハアアアアアアアアアッ!!」  突然、和真が狂ったけだものじみた雄叫びを発し始めた。  皆はその声音に驚いているが、止まりそうにない。  さすがの想悟も止めに入るしかなかった。 「か……カット! カットだ! い、今のはアドリブの域で……ぁ……なぁ、かず、ま……?」  ひとまず撮影は止めた。  しかし和真は、絶叫が収まったのちは、ずるずると膝からしゃがみ込み、己を包むように抱き抱えると、よく聞いていなければわからないほどの小さな泣き言を繰り返していた。  ガチガチと歯の根を鳴らしながら、「逃げたい、逃げる、逃げるんだ」──と。  そういった意志が彼にはまだある……それともこんなことを彼に言わせているのは別人格? いや、それはわからない。  けれど……和真の精神がボロボロと剥がれ落ちている感覚は、想悟でもわかる。 「申し訳ございません! 今日の撮影はここまでということで! 本当に申し訳ございません! 申し訳っ……」  すっかり興を削がれて帰ろうとする会員達を必死で止めようとする想悟。  だが、人の限界というものは想悟よりも、会員達の方が知っている。またのチャンスがあるとでも思っているのだろう。  今夜のビデオは、上手いこと編集はされるんだろうが……。  ひとまず和真については蓮見と柳に任せ、シャワーを浴びさせることにした。  彼のパニック状態は一時的なもので、時間が経てば少しは落ち着くだろうとのことだった。  かく言う想悟は大きく肩を落としていた。  バクバクと鼓動する心臓の音がうるさい。  いくら自分が素人だからって、和真がまだ調教過程だからって、まさかこんなことがあって良いのか。嫌な汗が止まらない。  内心不安がっている想悟を見て、鷲尾はかなり嘲笑に近い形の微笑みを浮かべた。 「今宵の宴は……フッ、なかなかのサプライズがあったじゃありませんか」 「素直に失敗したって言えよ……はぁ。和真の調教はよく進んでいると思ったんだけどな……」 「それについてですが……一つご忠告させていただいても構いませんか、想悟様」  鷲尾の声のトーンが、さも真面目そうに下がった。 「財前和真……あれの動向にはもう少し気を付けた方がよろしいかと」 「どういうことだ?」 「彼の人格については、俺にもお話くださったことがありましたね。今は落ち着いていても、またいつトラブルが起こるとも限りませんので、念の為」 「……あいつなら大丈夫だよ。俺が支配してるからな」 「支配……。そうですか。それなら、よろしいのですが」  鷲尾は恭しくこうべを垂れたが、“支配”と口にした時に一瞬、口端を吊り上げたことは自分でもわかった。  俺が和真を完全には従えられていないと思われている。まだまだ鷲尾に軽く見られている。  こいつは……こいつはやっぱり、いつもいつも神嶽と俺を比べて、その他には誰も、死んだオーナーへの敬意すらない。  どれだけ残忍な犯罪者だってどこか人間味というものがあるのに、彼にはそれが皆無だ。 「……俺の方があいつを知ってる。このクラブの誰よりも」 「それは、想悟様の例の不思議なお力で?」 「ああそうだ! 話はそれだけか。どけよ。もうシャワー浴びて寝るから」  わざと鷲尾の肩にぶつかり、吐き捨てる。  敵意を剥き出しにしすぎたかもしれないが、これでいい。少しは発散になった気がする。  だがそのせいか、鷲尾が想悟の背を氷のような眼差しで見つめていたことには全く気付けなかった。

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