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財前和真編BAD-1 ※IF、二重人格、絞首

「和真に気を付けろっつったって、何をどう気を付ければいいんだよ……ったく」  先日鷲尾に言われたことがどうにも頭から離れない。彼の言うことはいつもあまりに抽象的だ。  しかし、詳細な助言を乞うのもなんだか負ける気がして……要するにプライドが邪魔をしている。  でも、だから何だと言うのか? 確かにクラブの力を大いに借りて来たけど、クラブだって想悟の存在は必要不可欠であり、想悟も素人ながらに上手く立ち回って来たつもりだ。  あんな奴の言葉を素直に聞くなんて馬鹿げている。  そうした怠慢の中、和真は鷲尾の危惧とは裏腹の状態にあった。 「ふふん……ふーん…………ははっ」  何故だか鼻歌を歌ってしまうくらいに心が高揚している。  今晩も和真を犯せると考えたら、まだ仕事中だというのに微笑みを湛えてしまうのを抑え切れない。  想悟は、相変わらず和真に対して高慢な立ち振る舞いをやめなかった。  和真は自分が完全に支配している。そしてその和真も、呪縛から逃れることができない。  完璧だ。もう和真は想悟の一声で何でもする性奴だ。そう、本当に何でも。  ここのところの想悟は、当初の目的を忘れてしまったかのように、毎日心躍らせていた。  今日はどうやって和真を辱めよう。痛めつけよう。苦しめてやろう。  そんな下劣なことばり考えては、実行に移し、己の醜い欲を満たす。  機嫌すら良くなる始末で、仕事もいささか効率が良くこなせる。  それを何も知らぬ者は喜ばしく思い、だがあるいは訝しんだり……そんな周囲の反応も見えないほど没頭していた。  訝しむ者というのは、主に新堂だった。  仕事の合間に、教師達のコミニュケーションもとらねばならない。 「霧島……お前、最近は調子が良いようだな。以前は悩みがあるように見えたが……」 「えっ? あー……何とかやってますんで大丈夫ですよ」  さすがのキャリアもあるが、表情や所作を見て人の情報を得ることのできる、鋭い勘の働く新堂だ。  そうやっていつも肩が凝りそうなほど神経を尖らせている新堂に、世良がからかうような場面も見受けられた。 「あまり人に言うほどでもないということは、彼にも恋人でもできたのではないですかな」 「こっ……!? ……それは、まあ、ありえない話ではないですが。私にとっては、霧島が十八の頃から時間が止まっていたのかもしれなくて……その、かなり衝撃が」 「ホラ吹かないでくださいよ、学園長先生。でも俺、もう二十三歳の大人なんですからね」  想悟と世良がワッハッハと豪快に笑う。新堂は場の雰囲気を読んで小さく笑みをこぼしたのみであった。  だから和真の様子もおかしいことを気付けなかった……いや、あえて気に留めなかったのかもしれない。  和真は犯される以外ではずっとうわの空でいた。  どこかこの世のものではない場所を見つめているような……そんな不思議な目つき。  教壇からは丸々見えているというのに、授業中もずっと、初めのように隠れて遊ぶ訳でもなく、窓の外を見つめていた。  そこには何が? 彼は何を見ている? ふと、そう思っただけで、想悟もそれ以上を考えるのはやめた。  和真の世界なんてどうだっていい。  大丈夫だ。このまま……このまま事が運べば、和真という厄介者からも、クラブからも逃れられる。  今夜も終業後の教室に残らせて、強引に押し倒し、服を剥いで事に及ぶつもりだった。  けれどその日の和真は寂しそうに、くつくつと喉を鳴らして笑うだけだった。 「あんただけは俺の理解者になってくれるかもしれないって思ってた俺が馬鹿だった」  何もかも諦めたかのように、ぼそりと呟く。 「あんたは何もわかっちゃいない」 「なんだと?」  怒気を含んだ口調に、想悟もつい声音が下がる。 「俺のこと滅茶苦茶にして、あげく一人笑ってるって魂胆なんだろ? 冗談じゃない。あんたに俺は渡さない」  みるみるうちに怒りで頭がいっぱいになるのが自分でもわかる。  どうしてお前ごときに世の全てをわかったような口を叩かれねばならないんだ。  こんな奴隷ごときに!  顔を真っ赤にするほどの怒りに支配された想悟は、目の前にある首を衝動的に両手で力任せに絞めていた。 「お前がそのつもりなら俺も言ってやるよ! お前に俺の何がわかる! 俺が最初からこんな人を見下して力で支配したいゲス野郎だなんて、そんなの……自分でも認めたくなかったに決まってるだろ!! どこまでも善良な人間でいたかったよ! でも俺には到底無理だったんだよ……ちくしょうッ!!」  吐き出し始めたら、呪詛が止まらない。  人質のせいだなんて悔しさ、もどかしさ、そして人質を免罪符にして凶行に及ぶ爽快さ。  和真にはとてもじゃないがわからないし、わかったところで加害者の勝手な主張、聞く耳を持つ訳がない。  それでも勝手だから、弱い立場の和真に八つ当たりするしかない。 「ッが、……は、や……め、て……げふっ……」  そのか細い声に、ハッと我に返った。 「和真」 「…………ッ!!」  しかし絞首から抜け出した和真は、うっすら涙を浮かべながら逃げ腰になっている。  想悟が思う「支配者に恐怖し、慈悲さえ乞う奴隷」の姿そのものだ。

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