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財前和真編BAD-4 ※IF

「お食事の時間ですよ」  言いながら医療棟の個室に入る鷲尾だったが、彼に反応する声はなかった。  それに、食事と言っても固形物ではない。点滴から栄養分を摂取している状態だ。  ベッドに眠る男──霧島想悟、だった者──は、植物状態になりながらも生き長らえていた。  こうなってしまった以上は外に放っても構わないが、いつ意識が戻るともわからないので、念には念をとクラブに監禁している。  だが、鷲尾にとってはこれはもう回復の余地は見込めないほどの重体だとわかっていた。 「想悟様……霧島想悟」  呼び掛けてはみるが、身体はピクリとも動かず、目も虚ろ。  それほどに財前和真の心の闇は深いものであったらしく、想悟の読心能力と共鳴して彼の精神まで破壊されてしまった──としか、言いようがない。  鷲尾なりに「和真のところへ行く」と言った想悟の言葉の意味を考えてみるなら、の話だ。  そもそも、どれだけ調べても医学的には何の損傷もなく健康そのものなのだから、今こうして眠っていることが不思議でたまらない。 「……あーあ。どうしようかな、この荷物。余計なものを遺して逝きやがって……期待外れもいいところだったな、クソジジイが」  軽く舌打ちしながら点滴を換える。  こうして廃人化してしまった以上、もう化け物でも、そして神でもなくなった。ただの人。脅威ではない。  そう鷲尾が感じたのは、現在の想悟が誰から見てもわかるように衰弱しているからだった。  これなら死ぬかもしれない。あるいは殺せるかもしれない。無防備な首に手が伸びる。  想悟などもう必要ない、オーナーの適任ならやはり最初から皆自分を指名してくれれば良かった……説得したが、想悟を生かすことを決めたのは上層部の判断だった。  「まだ生きている以上、オーナーの遺言には逆らえない」と。  それを聞いた鷲尾は激昂しそうになった。  こんなにも愚かな集団だっただろうか。まだ「クラブは化け物に継いでもらいたい」などという妄言を信じているのか。  オーナーの遺伝子なら、つまりは想悟も持っている。  想悟からまた新しい子供を作ればいい。だが、それも上手くいかなかった。生殖機能も駄目になってしまったのだ。  道は潰えた。……いや、一つだけあるなら、想悟が目を覚ましてくれることだけ、だが……。  どれだけ待てばいい。  意識のない身になった人間はたくさん見てきたが、どれもいつかは突然容態が変わって死んだ。  あるいは、待つのが嫌になるほどの日数を生きたので、周囲が死を選んだ。  半永久的な眠りにつくなど、もし回復したとして、長い長い時が流れたという現実に本人が耐えられるだろうか? そのような未来、絶望しかない。  そうだ……介護殺人なんてのもあるくらいだし、仕方ないな……。  想悟の部屋に入ることができるのは、想悟の側近である鷲尾。それから、医師や看護師といった医療スタッフ達。  それらには、オーナーを師と仰いでいた為に、ぽっと出の想悟をずっとよく思わない者もいるにはいた。  そういった誰かの犯行。そうしよう。  早く処分しないからこうなるんだ、頑固爺どもが。 「想悟様……」  監視カメラの死角になるよう、鷲尾は想悟の顔にキスをするかのような至近距離で呟いた。 「やっぱり……最初からあなたさえいなければ何もかも円滑に進んだでしょうにねぇ……」  手にしたのは、注射器。  それも遅効性の猛毒が入っている。時間をずらすことは十分に可能だ。 「じゃあな化け物」  最後の挨拶とばかりに、顔面に唾を浴びせかけた。  頸動脈に刺し、ゆっくりと毒を注入する。  全身に至って内臓が機能しなくなるまで、ベッドサイドのモニターからもけたたましい音は鳴らない。  部屋を出て、数時間が経ち、そろそろ誰か気付く頃合いだろうかと、鷲尾はまた想悟の病室に足を運んだ。 「……ケホッ」  だが、想悟はかすかに咳き込んだだけで、息をしていた。  それも、口元に吐き出したのであろう毒液が、唾液と共に。  これでは、彼に投与した全ての中身を調べられる。さすがに見られてはまずい。  しかし……簡単に診ても不整脈もなければ、毒への抗体すら瞬時に生成されているような感じだ。  生きているのだ。死なないのだ。  まだ、殺せない。

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