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財前和真編11-1
思えば、ここのところ新堂が、想悟を見るなり何か言いかけてはやめるといった行動を繰り返していた。
少々考え方は古いが、正義感に熱く、何事もハッキリと物申す新堂が、だ。
彼の思い詰めたような表情を怪しむべきだったかもしれない。
いや、それよりもっと早く、事の重大さに気付くべきであったかもしれない。
クラブの自室から出勤しようとしていた想悟は鷲尾から呼び出され、学園内でのとある会話を盗聴したものを聴かされた。
『それで、話とはなんだ、財前?』
慣れ親しんだ新堂の声だ。
静かながらもかすかに部活動に励む生徒の声が混じっているということは、どこかの教室だろう。生徒指導室辺りだろうか。
次に聴こえてきたのは、重い口を開く和真の声。
『……誰に相談しようか……俺なりにすごく悩んだんだ。けど、学園の為にも言わせてもらう。俺……一度万引きしようとしたことがあるんだ』
『なっ、なんだと……!?』
『その時はたまたま想悟に助けてもらって未遂に終わったんだ。けど、その後は……それを盾に想悟に……その……身体とか、求められるようになって……』
辿々しく言葉を紡ぐ和真に、新堂は絶句している。
由緒正しい学園の生徒がそんな不祥事を起こすなんて信じられない。加えて問題のない教師と思っていた想悟がさらなる悪行に関係しているなんて、和真の証言に卒倒してしまいそうなのだ。
『……そ、そうか。愛の形は人それぞれだ。同性愛も……否定はしないが、教師と生徒の一線を越えてしまったとなると事態は深刻だぞ』
『ま……待てよ、あんた、俺とあいつが付き合ってるとでも思ってるのか?』
『……そうではないのか?』
『ふざけんなっ……! あれがっ……あんなことが、同意の上な訳がないっ……! 俺は想悟に脅迫されてレイプされたんだよ! あんた、俺とあいつのどっちを信じるんだ!?』
『そ、それは……しかし、いくらなんでも霧島は、そんなことをするような人間では……』
『あいつは! 想悟は……あんたの思うような人間じゃない! 騙されんなよ!』
『待て、落ち着け財前……』
『教頭……俺っ……もう、あんたしか、頼れねぇのに……』
『……財前、お前……』
『もう……あんなの、いやだ……ひっ、うぅっ、教、頭……たすけて……』
『……財前、私が悪かった。信じたくはなかったが……そうか、霧島が……お前を、無理やり……ということなんだな』
その後はひたすらに泣きじゃくる和真を、新堂が言葉を慎重に選びながらなだめる様子が収められていた。
録音を聴き終えて、想悟の表情は曇った。
和真が口を滑らせたせいで、正直最も知られたくなかった新堂に二人の関係がばれていたということになる。
いったいいつからだ? こんな大事なことをどうして察知できなかったのか。
和真を手懐けたと思い余裕ぶっていた己の慢心のせいか。
そして頭ではわかってはいたが、世良がまさか本当に学園内をこうして監視していたとは。
「なん、だ、これ……?」
「世良様より頂戴致しました学園内の録音データです。何やら、面白いことになってきましたね」
「どこが面白いんだよっ!? 世良がこれを録音したって……あの爺さんは何やってるんだ! わかってるならどうして二人を止めなかった!?」
「おや、普段否定的な態度をとられておりながら、こんな時ばかり世良様を、クラブを頼るのですか? それはずいぶん虫が良すぎるという話です。俺はきちんと忠告致しましたよね、『財前和真には気を付けろ』と」
「それは……」
確かにそう言われていた。
けれど鷲尾の言うことだからと大して気にしていなかったのは自分の責任だ。
父という人質をとられているのだから、和真は素人なのだから、もっと慎重に臨まなければならなかったのかもしれない……そんな後悔が一気に押し寄せてくる。
「ところで、想悟様。俺に言いたいことはないのですか?」
「え……? 何の……ことだ……」
「俺はねぇ、想悟様。支配者を名乗るのであれば、部下にも真心を持って接するべきと考えるのですよ。現に霧島グループが未だ慕われているのは、蔵之助様のお人柄でしょう。恐怖政治など長くは続かない。それがあなたの言動は何です? 子供じゃあるまい、あなただけでなくクラブの存続もかかっているんですよ。それではあなた自身、そしてあなたの父君も守れません。それが謝罪の一つもないとは……」
鷲尾にまくしたてられ、言葉がなかった。
もしもあの時、鷲尾の言うことを素直に聞いていれば。和真の言動に注意を払っていたら。
たらればの話になってしまうが、それでも、こんな最悪の展開にはならなかっただろう。
想悟は震える手で拳を作り、血が滲むほど唇を噛んだ。
謝罪だと──? 舐め腐りがって。俺をこんなことに巻き込んだのは誰だと思っている。
でも、今事態を収めるにはこうするしかない。やがて、観念したようにため息を吐くと小さく頭を下げた。
「……ッ。全部……俺が、悪かった。す、すまなかった……だからもう一度チャンスを」
「フ……俺は寛容な人間ですから、まあよろしいでしょう。ですがこれはあなたのミスです。ならば、ツケはあなた自身に払っていただけかなければなりません。幸い、事を知っているのが新堂直正一人だけという今ならまだ、十分に間に合うかと」
「それはつまり……新堂の口封じをしろってことか……?」
鷲尾は肯定と取れる笑みを浮かべた。
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