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財前和真編11-3
新堂をクラブへ連れて来た頃には、彼は生徒の助けを聞いただけであるのに、既にクラブ中で敵と見なされていた。
黒服達が新堂を取り囲み、クラブの外には一歩も出れない状態だ。
当然、いとこであっても前理事長の愚行など知る由もない新堂は、いったいここはどこであるのか、どんな場所なのか、質問責めにしてきた。
唯一、彼との会話を許されたのは想悟一人。
「新堂先生……そんなの、どうでもいいじゃないですか。それより、あなた自身の処遇を心配した方がいいですよ」
「なっ……」
和真の言う通り、想悟は新堂自らが知っていた教え子とは違う道を歩んだ。
それも犯罪組織に加担している。彼からすれば眩暈のするような現実だ。
「く……。財前の言うことは……本当、だったんだな」
「問題児のあいつが、教頭のあなたに泣いて助けを求めたんですよ? そりゃあ、そのくらい酷い目に遭った、ってことでしょう」
「教え子になんてむごいことを……! その上こんな……反省の色もないなどと……。あれこれ考えていないでとっくに出頭させるべきだった。お前はもう……私の知る優しい霧島ではない」
「優しい……ね。前にも言ったじゃないですか、新堂先生。俺は最初からこうだ、って」
想悟は嘲笑がちにため息をついた。
「残念ながら学園を辞めてもらうことになるのは先生……あんたの方だ。でも綾乃ちゃん、もしあんたが居なくなったら、どうなるかな」
「……綾乃なら大丈夫だ。きっと……。あの子は強いから……それに……いざとなれば母親もいる」
「……ハッ。やっぱりな。あんたも俺の親と同じだ……」
「き、霧島……?」
一度たりとて聴いたことのない、地を這うような声音。
新堂の顔に戸惑いがありありと浮かんだ。
「愛も無い癖に勝手にガキ作って、また自分達の都合で捨てる! ガキの気持ちなんて考えたこともない! そうなんだろ!」
「お前、まさか、ずっとご両親を恨んで……」
「……あんたに何がわかるんだ? なあ? たかが高校三年間の付き合いだけで、俺のこと全部知ったつもりだったのかよ!?」
そこまで言っても、新堂はまだどこか余裕があった。
思春期の男子のように感情を剥き出しにして憤慨する想悟を、教師というより父親の目で見つめていた。
「お前はまだ若いな……私だって子供ができるまでは無茶ばかりしてきたさ。けれど子供は親としての私にいろんなことを教えてくれる。夫婦は所詮は他人同士なのだからすれ違うことはあっても、私は綾乃をこの世界で一番に愛している。元妻のことだって、人としては今でも尊敬している……それだけは変えられない」
ここまできても、やはり教師面の新堂。
というより、彼には教育現場が天職なのかもしれない。学生時代は彼と距離が近かっただけに、余計にそう思った。
だけど。新堂はそんなことをのたまっておきながら、教育者よりも父親としての自分を大切にしている。子を持つ親なら当たり前だ。理性と一般常識では痛感している。
だがそれでも許せなかった。新堂の中で自分が一番でないなら、優しくなんてしないでほしかった。
「……綺麗事はもうたくさんだ」
うんざりとして、想悟は携帯を操作して生配信動画を再生し始めた。
そこには、自宅で掃除や洗濯といった、幼いながらに家事に勤しむ綾乃の姿があった。
クラブに命令して撮らせている、新堂がまだ仕事をしている間の光景である。
「あ、綾乃……!?」
「こっちにも人質がいる」
「なんてことだ……。私はどうなってもいいっ! だが、綾乃を巻き込むのはやめてくれ! 綾乃は……綾乃だけは……私の全てなんだ……!」
全て、ときたか。
そう、言葉が本心であれば、その全てと引き換えに、何だってしてくれるはず。
「霧島頼む、約束してくれっ」
「ああ約束してやるよ。……だから俺の方が大事だって言ってくれ」
言ってから、想悟は自分でもどうしてこんな風に口が動いてしまったのか驚いていた。
「好きだったんだ……あんたのことが、ずっと」
何故、こんな時に告白なんて。
そう思いつつも、想悟は青春時代の彼への想いが溢れ出してきた。
でもきっと、自分の命欲しさに簡単に心変わりをする新堂は、俺の愛した新堂じゃない。
その証明に、新堂は一片たりとも悩まなかった。想悟の目を見て、きっぱりと言い放った。
「…………私は綾乃の方が大事だ。何があってもあの子だけは守りたい。だから……すまん、霧島……お前の気持ちに気付けなくて、本当に、すまなかった……」
「……そうだよな。あんたは本当に娘想いで、色恋に関しては鈍い人間だって、知ってたよ。でも、その言葉が聞けただけで十分だ」
配信中の携帯の電源を切ると、想悟は覚悟を決めたようにドスを効かせて言った。
「綾乃ちゃんは助けてやる。けど俺と和真のことを知ったあんたはもう二度と家に帰せない」
「…………っ」
愛娘を守る為とはいえ、何も言えないままに今生の別れになる。
新堂の緊張が手に取るようにわかった。
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