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財前和真編13-1 ※二重人格

 今日は少し仕事が遅くなってしまった。「若いのだから、あまり無理せず早く帰りなさい」と労ってくれる、今にして思えば教師、上司、人間の鑑であった新堂も、もう居ない。  普段ならこんなにも効率悪く物事が運ぶことは滅多にないが、学期末のテスト作成の他、季節柄行事などの勉学以外でやることも多いのと、それとまあ、単なる己の怠慢だ。  明皇のクラスはAからDまであって、教育方針が大まかに分類されている。  A組は学生時代の自分や司が属していた、難関大や海外への進学を目指すいわゆる特進クラス。  B組はそれに一歩及ばないが、進学も就職もサポートする万能型。  C組は今は誠太郎が在籍している。医師や弁護士などの、専門的知識が必要故に、社会に出るまでが人より長かったり、特殊な技能を活かせる職業を目指す者が多い傾向にある。  そして、想悟が担当するD組は、お世辞にも偏差値は高いとは言えない。親が金に物を言わせて入学させた者もいれば、庶民的な生徒もいる。  だからこそ、偏りすぎた問題にしても平均点数が測れない。そこの塩梅が難しい。  ノートPCのキーボードをせっせと打ちながら横目で時刻を確認すると、午後九時であった。  和真の調教は、今夜は無理だな……。  肩を落とすが、正直この疲労感で相手をするのは面倒臭いのが本音だ。  和真の身体はもう快楽に抗えないでいる。心の奥底まで堕落するのは時間の問題で、それもあと一ヵ月もないくらいだろうか、というところだ。  このまま残業し続けるのもまずい。一区切り終えたらとっとと帰って休まなければ。  ふと、ガラッと音を立てて職員室の引き戸が開く。「失礼します」の一言もないとは、忘れ物をした教員だろうか? それとも礼儀知らずの生徒か。  こちらも一つため息をつき、声を掛けようとする。 「よう、疫病神」  その声に戦慄した。背筋がピンと伸び、ゆっくりと振り返る。 「ちょっとツラ貸せよ」  そこに居たのは間違いなく、よく知る財前和真──のはずなのだが。 「どうしたんだよ、幽霊でも見たみたいな顔して」 「ど……どうしたも何も、お前っ……」  言葉に詰まる。見かけは何も変わっていない。ただ、恐らく近しい人間にだけわかるその雰囲気。  それに、想悟を疫病神などと呼ぶのは、もう世界でたった一人、和真しかいない。そう、本当に……何か異形の者を目にしたようだった。  あまりの驚きと混乱に、想悟はバタバタと席を立った。 「……何のつもりだよ」 「あんたが最初に襲って来たくせにそりゃないだろ。いつもの調教ってやつ? 受けに来てやったんだよ」 「な……」 「気持ち良いことだって思ってるのはこの際認めるよ。だから、どうせなら積極的に行こうかなって。あんたもその方が手間が省けて良いだろ?」 「……だからって和真を封じ込めて来たのか」  眉間に皺を寄せて精神を集中させ、心を読む。 (大丈夫。任せろよ。俺が全部上手くやってやるから)  聞き取れたのは、ごくわずかに小さな声だけだった。あとはもう、聞こえない……蓋をしてしまったようだ。  俺に任せろ? ということは、本来の和真は今、完全に心を明け渡しているのか?  固い表情のまま、想悟は目の前のそう──言うなればもう一人の和真……カズマ、と対峙する。 「あいつは……逃げたのか。お前の宿主様はずいぶん臆病者だな」  彼は一切の物怖じをしない。余裕ぶっこいて鼻で笑っている。 「いやいや、俺が面白そうだから一時的に乗っ取ってやったんだよ。和真はたぶん、今頃頭ん中でグースカ寝てる」 「……お前の言動は、あくまで和真のものじゃない。……そういう認識で、いいんだな」 「ああ」 「……それで。お前は調教を受けに来たと言ったな。しかも自発的に。それは……どういう風の吹き回しだ」 「この身体はもう快楽に染まってて、でも通じ合えないのは俺っていう存在で。なぁ、この関係性のままセックスしたらどうなるか、気にならないか?」  そりゃあ、気にならないという訳ではない。だが、このきな臭さ……。このまま乗せられたとして、いったいどうなる? 「駄目なのか? 霧島先生」  迷う想悟に、カズマが手足を蛇のように絡みつかせる。誰がどう見ても性的に誘っている。 「……一度だけだ」  なら、こちらも。見え透いた勝負事は好きじゃない。でも他ならぬカズマの挑戦なら、受けて立ってやる。  カズマが嬉しそうに口端を吊り上げた。

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