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財前和真編14-3 ※グロ

「なあ……俺……今後はどうしたらいいと思う」 「……正直に言って、お前が今の環境から抜け出すのは相当に難しいことだと思う。……でもそれに見合った場所を提供することはできる」 「それって、まさか……」  それが示す場所が地下クラブであることは、想悟の顔色からもわかったらしい。 「……あそこなら……俺は自由に……救われる……のかな」 「それは……断言は、できないけど」 「ハッ、相変わらずの新米っぷりだな。こんな時くらいハッキリしろよ。仮にも教師なら、迷える生徒にあるべき方角を示してくれたっていいはずだぜ」  そうか、そうだな。和真に先に言われてしまうとは不甲斐ない。  もしもクラブに君臨するかもしれないのであれば、より多くの、そして大きな決断を迫られる時はきっとそう長くはないうちに来る。  覚悟を決めなければならない。 「わかった。じゃあ、言う……。俺は、お前をあのクラブへ連れて行きたいと思ってる。俗世から逃れて、どんな奴でも個性を尊重される新しい世界をお前に見せたいと思ってる。ただしそれは、お前の家族や友達、皆との犠牲と引き換えだ。それでも良ければ、俺は最善を尽くす」  和真にとってはパーフェクトな解答だったのかもしれない。真面目な顔つきで、相槌を打っていた。  そうして、和真は彼なりに自身の呪縛とも化した症状を訴え始める。 「想悟は……知ってるだろ。俺のこと。いや、俺なんだけど、俺じゃないっていうか……その。俺、子供の頃から時々あるんだ、記憶ないこと……最近は特に。夢遊病ってやつにしては、断片的には覚えてたりすることもあって……」 「……多重人格のことか?」 「……うん。たぶん、それ。どうしたら出てくるのかとか、その時の記憶とか、あんまりわからねぇんだけど。思い込み激しすぎちまった結果かな」 「そうか……」  和真も自身の人格にどこか違和感がある、きっと違う人間がいる、それはわかっていたんだろう。 「俺、思うんだ。ずっと現実から逃げてただけじゃないかって。親父とお袋に笑って欲しかっただけだって。でもそれが叶わないから、あんな風に……ある意味俺を守ってくれる存在ができたのかな……とか……」 「俺も今はそう思う。あいつには……結構痛いところ突かれたりもしたしな」  想悟は鼻で笑った。 「でも、この前のは本当に酷い夢見てる気分だった……。想悟を殺そうとして、でも想悟は苦しむだけで死ななくて……こんな悪夢、あるはずがない……」 「そんなことない」  紛れもない現実を見せる為、キッチンから包丁を持ち出した。 「ひッ……!!」  お前のことだから、今からこれで傷付けるとでも思っているのだろうな。  想悟は腰を抜かす和真に柄の部分を握らせると、彼の手をしっかり握り締めて──自らの下腹を勢いよく銀色の刃で貫いた。 「なに、やって……想悟!」 「いいから、このまま、待……痛ってぇ……ぐ、ぁ……」  どうにか気力でもって刃を抜き取ると、部屋の遠くに放り投げる。  何度体験しようが慣れるものではないだろう。今にも失神しそうな強烈な衝撃が、腹から全身へと行き渡る。  血管がドクドクと脈打ち、血液が外へ流れ出る異様な感覚。それから、身体は凍るようなのに、傷口だけ妙に熱い。  必死に歯を食いしばって悶絶していると、想悟の特殊な蘇生能力が始まった。  まず出血が止まり、逆再生されているだけのように傷口が塞がり、肌の色素沈着も戻っていく。身体のありとあらゆる細胞がフル稼働しているみたいだ。  縫合手術をしてもこんなに綺麗には治らない。そんな不可思議な現象がしばらく続いた。 「もう、塞がったか……?」  和真はおっかなびっくりに首を縦に振った。 「な……にが起きてるんだ……?」 「お前が見たのは正真正銘、夢じゃないってことだよ。……俺も今、改めて確認したけど」  脂汗をかきながら、想悟も深呼吸した。痛みだけで死にそうだった。 「俺は、こういう能力がある。他にも、人が考えてることがわかったり……だとかな。そして、お前も、もう一人、いる。全然おかしなことじゃない。俺達にとっては、それが当たり前のこと」 「……当たり……前……」  思い返せば彼はあれだけ和真のことを警告してくれていたのに、まともに取り合わなかった。幻想だとすら思い込んで。  彼も紛れもなく和真の一部なのだと、一人の人間なのだと、認めてやれなかった。  いくら心など読めたところで、人の感情は口に出さなければわからない。  ……言葉、か。それが持つ本質、力は、やはり誰しも変わらないのかもしれない。言霊なんて表現もある。  一般常識では他に持っている人間を知らないから、という理由だけで読心能力を特別なものと思い込んで。自分は異端の者などと信じ込んで。  異質ならなんだと言うのか。そう思うことすらも逃避ではないのか?   生きている以上、これからもずっと付き合わなくてはならないことであるのに、何かあるたびに能力のせいにして。卑怯にもほどがある。  変わりたい。強く逞しい男に。大義名分の為ではない、クラブの存在は関係ない。  至極簡単な話だ。抑圧されない世界を生きてみたい。今度は自分の意志で。  だから、欲が芽生えた。なのにまだ率直には言えずに、理由を付けた。

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