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終章-3 ※絞首、カニバリズム

「うぐっ……父さん……ごめ、なさい。俺、あなたが思うような人間じゃなくて、ごめんなさい……ッ」  本当は想悟もずっと言いたかったことがある。  迷惑をかけ続けた父に、ありがとうよりも、ごめんなさいを。社  会人として巣立ち、これからたくさん親孝行するつもりでいたのに、それすら叶わず。  謝って許してなんてもらえるはずがない。でも、言わずにはいられない。あなたの名誉を貶めるような不甲斐ない息子でごめんなさい。  謝罪の言葉を何度も口にしながら、想悟は神嶽に構わずひとしきり泣いた。やりきれない慟哭が夜の闇に響き渡る。  神嶽は想悟の気が済むまで何も言わず待っていた。  過去の自分と同じように、酷い方法で他人を地下クラブという地獄の果てに追いやったとはとても思えない、惨めに縮こまって泣きじゃくる青年を何の感情も映さない眼で見下ろしていた。  やがて、悲哀に顔面を歪めた想悟が子供のように鼻を啜りながら顔を上げると、対照的にポーカーフェースを崩さない神嶽が淡々と語り出した。 「その手紙を事前に知っていたなら、お前は此度の凶行を実行しなかったという確証はあるのか」 「…………」  そんなこと、わかる訳がない。  最初はクラブに父さんの命を盾にされて仕方なく……でも、途中から自分も愉しんでいたことは事実だ。  余命短い父さんが亡き後、別の何かが危険にさらされたとして、絶対に同じことをしなかったという自信が持てない。  クラブに脅されていた件は、たぶん、破壊願望を発散する良いきっかけに過ぎなかった。  今後何をしたってあの罪の日々が帳消しにはなることはない。俺はどうしようもなく情けない人間だ。 「軟弱な男のようだ、お前は」 「悪いかよ……俺はもう……戻れない。あんたと違って、割り切れないんだよ……」  最後は掠れるような声。神嶽なんかに言われずとも、自らの曖昧さ、傲慢さ、醜さはわかっている。  ただ、神嶽は何も咎めなかった。 「そのようだ。しかし、霧島蔵之助……あれは実に勘の冴えている男だな。その手紙の予想通り、お前を産んだのは霧島蔵之助の実の娘、霧島麗華だ」 「なん……だ、って……?」  それがもし本当だとすれば、やはり麗華の失踪はクラブが関係していたのだ。  悪い人間達に嵌められ、望まない凌辱を受け、悪鬼の子供を身籠った。  お嬢様育ちの彼女にはどれだけつらく苦しい出来事だっただろう。とても想像なんてできやしない。  だが──彼女が母親なのであれば、すなわち想悟は霧島家と正真正銘血が繋がっているということになる。  あの邪悪なクラブのオーナーだけではない、尊敬する養父と彼の愛したごく清い心を持つ彼女の遺伝子が混ざっている。  それは黒に染まってしまった想悟にとって唯一の救いだった。胸のつかえがスッと取れたような気がした。 「それは……! ……良かった……なんて思っちゃいけないのかもしれないけど。俺はやっぱり、霧島の人間で……麗華さんとも関係があった……確かな情報なんだな」 「ああそうだ。霧島麗華はお前と同じで生まれつき読心能力を持っていた。だからオーナーも執着したんだろう」 「なら……麗華さんは生きているのか?」  麗華が同じ能力を持っていたというなら、すなわち驚異的な治癒能力だってあるはずなのだ。多少の拷問を受けたくらいでは死に値しないだろう。  それならばと、期待を寄せて神嶽に詰め寄った。 「いいや、とっくの昔に死んでいる」 「そんな……どうして!」  神嶽は「それが真実だ」と非情に告げた。 「……でも。なんで、あんたがそれを知ってるんだ」 「誰よりもよく知っているさ」  神嶽が顔を寄せ、耳元で妖しく囁いた。 「あの女は、俺が食ったからな」 「な…………」  神嶽の片手が伸びてきたかと思うと、逃げる間もなく渾身の力で首を掴まれた。  決して軽くはないはずの想悟の身体がいとも簡単に宙に浮き、両足が地につかない。 「ぐ、ぁ、アァ……ッ!!」  その瞬間、想悟は不可解な感覚に陥った。彼に触れられた部分から聞こえてきたのは、数え切れないほどの人間の声だった。  本来、一人の人間から聞こえてくる心の声というものは限りがあるはずだ。人間の身は一つしかないのだから、それも当然である。  なのに神嶽から聞こえてくるこの声量は尋常ではない。ありとあらゆる人種、男女の声が混じり合い、爆音のノイズのようにも化している。  こんな感覚に長くその身を浸していたら、こちらが発狂してしまいそうだ。  それすらも神嶽は察知したのか、機械の音量を下げるだけかのようにその雑音を力づくで抑えつけてしまったかと思うと、ある女の声を想悟へと送り込んだ。 (あ、あなたは悪魔よ……あの人よりも……ずっと……!)  若い女の麗しくも恐怖に囚われた震える声。聞き覚えのあるような、懐かしさ、心地良ささえ感じる。  これが麗華か──! どうにか神嶽から逃れようともがきながらも、想悟もまた、声の主が紛れもなく麗華であることをその能力で悟った。

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