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終章-5 ◆完結
目覚めてから時が経つにつれてようやく身体の不調が追いついてきた。
頭はどんよりと雲がかったようだし、全身が鉛のように重い。
軽く眩暈がして鷲尾に支えられ、激しく咳き込むと「ご無理をせずに」と背中を撫でさすられる。
そして灼けつくような首の違和感。その正体を確かめる為、鏡を持ってきてもらった。
恐る恐るそこに映る自身を覗き込む。
「夢みたいだったけど……やっぱり現実……なんだよな」
首に残るのは人の手でつけたものにしてはあまりにもおぞましい絞首痕。
どれだけの力がかかっていたことだろう? 絞首どころか首が折れていたのでは? それにどうにか耐え抜いた自分の生命力も大概だと思うが。
それでも誰かに聞いてほしかった。特に神嶽が同じ能力を持っているという情報を共有する鷲尾には。
「あいつ……俺の母親を食ったんだと」
「……どういうことです」
「神嶽に触れられてわかったんだ。超能力者としての勘ってやつか? あいつも読心能力を持っていたとか言っていたが、神嶽の真の能力はそんなものじゃない。あいつは人間を食うことでその魂を体内に取り込んでいる。寿命すら奪って生きているんだ。あいつが読心を使えたのは、あくまで俺の母親……俺と同じで生まれつき読心能力を持っていた霧島麗華を、食ったから……そうとしか考えられない」
「……ち、ちょっと待ってください、まるで話が見えません」
「……俺にだってわかるかよ」
信じがたい話を聞かされていつになく平静を乱しているような鷲尾を前に、想悟の心も掻き乱される。
ただ、神嶽といざ対峙してわかったことが一つだけある。
「あいつは……正真正銘の……化け物だ……」
自分は神嶽には絶対に勝てない。
散々神嶽を敵対視し、あわよくば超えてやろうなんていう馬鹿な考えを持っていたことが恥ずかしく思うほどに、あの男だけは敵にしてはいけないと悟った。
そもそも、初めから同じ土俵になど立てていなかったのだ。勝負を挑むことすらおこがましかったのだ。
本当に実在するのかも怪しい幽霊のような存在だと思っていた。けれどその実は、彼は実在しつつも存在のない──怪異に他ならない。
彼ならばいつでも想悟を殺せるというのに、現にこうして生かされたことが神嶽の余裕をいっそう感じさせる。
神嶽は想悟を見逃す際、「今は殺さない」と言った。
その理由が次に発した「不味い」という言葉から来ているならば、いつかこの身は母と同じく食われる運命にあるというのか?
それは時が来れば必ず命を取りにやって来るという意味である。それが明日か、一年後か、はたまた何十年も先の話なのかはわからない。
しかしながら、驚異的な治癒能力を持つ自分に死という安寧をもたらしてくれるのも、神嶽だけなのかもしれない。どうにも彼とは切っても切れない関係にあるらしい……。
今までだって、一度も考えなかった訳ではない。
認めたくなかった。同じ力を持つ以上、あの神嶽修介と名乗っていた悪逆非道の男と、自分がもしかすると血縁関係にあるかもしれないなんて。
その当てが外れたことだけは、それだけは……心の底から安堵している。
だが、神嶽修介。そっちがその気なら、こちらも悠長に待っているなんて癪に触る。
それに、お菓子の家の魔女みたく、俺はもっと成長して“美味”にならなければならないのだろう? それまではそっぽを向いているのだろう?
ならば、俺が肥え、そしてお前が腹を空かせたその時こそが、決着だ。
「鷲尾。俺、決めたよ」
想悟は顔を上げ、力強く言った。
「俺はこのクラブを継ぐ。言っておくが、オーナーの為なんかじゃない。俺に生きてほしいと願ってくれた父さんや……麗華さん。そして何よりも俺自身の為に。俺は今死ぬ訳にはいかない。……だから、また神嶽と出会う時の為にも、これから先俺は支配者として力をつけ続けなければならない。ここまで来て、馬鹿みたいな理由だろ」
黙って話を聞いていた鷲尾の目が一瞬、ギラリと妖しく輝いた。
少なからず神嶽へ憧れのようなものを抱いていた鷲尾にとっても、この提案は悪いものではないはずだ。
鷲尾は身を寄せ、想悟の手に自分の手のひらを重ね合わせてきた。
「……そんなことはありませんよ、想悟様。それは大変素晴らしいお考えです」
「俺に協力してくれるな、鷲尾」
「ええ、もちろんですとも」
「……良かった。なら、そうだな──」
すぅっと空気を吸う。
「手始めに明皇学園をクラブ専用の奴隷飼育施設に作り変える」
弱肉強食のこの世で生きていく為には、多少の犠牲くらい付き物だ。
生贄学園2 罪咎の神子◆完 ...andmore?
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