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第4話

 まったく、九月に入ったのに暑いったりゃありゃしない。  クーラーの一つもないし、村人達はよくバテないな……。  とはいえ、緩いビル風と違って海風があるだけ涼しく感じるが。  潮の匂いには家が海と近いこともあり、早くも慣れそうだ。  ポロシャツにスラックスの俺は、ポケットからハンカチを取り出して噴き出してくる汗を拭う。  金浦学校は、そもそもの児童数が少ないため、村唯一の学校だった。  初等から中等教育を行う。卒業後は、高校には行かず、皆家業を手伝うのだと言う。  そんなところも、なんだか都会とは違うな、と思った。  しかし、そのほとんどは親の跡を継いで漁師や農家になるなど仕事はある為、生きる術があるならばそれでいい。  まず校長や他の先生達に挨拶をし、校内の案内をしてもらいながら、担当するクラスについた。  まだ皆が登校するより早い時間帯なので、ゆっくり教室を見ることができるはず……だったのだが。  一人の儚げな少年が、目を細めて窓の外を眺めていた。  日差しの強いこの地で、薄い長袖のパーカーを羽織り、日焼けをした子供達とは正反対の雪のような白。  脱色を繰り返しても難しいであろうプラチナブロンドに、瞳は日本人によくいる黒や茶ではなく、グレーに近いような半透明。それに、眉毛やまつ毛まで白かった。  聞いたことはあるが、見るのは初めてだ。  先端性のアルビノ、というやつだろうか。  確か、あの子の名前は……。 「日向真白(ひなたましろ)。真っ白だから、真白なんだって。すっごくわかりやすいよねー」  彼を見つめていると、女の子が話しかけてきた。  長く伸ばした黒髪を高い位置で一つに結っている。彼と同じ中学三年生。  身長も同年代の女子に比べ高めで大人びていて、下の学年の子達への面倒見も良い、お姉さん的な存在だそうだ。 「えっと君は……美月朱(みつきあかね)ちゃんだ」 「うわあ! もう覚えてくれたんだ」 「そりゃあ、覚えるよ。俺は教師だし、ここは全学年が一クラスだし」 「今までの学校はどのくらい居たの?」 「一クラスに四十人前後かな」 「ええーっ! そんなにごちゃごちゃしてるなんてありえない!」  椅子と椅子の間も相当に空いている、閑散としたこのクラスと比べれば、そう感じても不思議ではないのかもしれない。 「ところで……真白くんって、いつもああしてるの?」 「うーん、そうだなぁ。彼、大人しいから」 「そっか……皆をより深く早く知る為に、家庭訪問したいと思ってたんだけどな」  すると、朱の表情が曇った。 「……真白くんちね。お父さんとお母さん居ないんだ」 「え」 「あっでもね、おばさんはいるよ。一緒に住んでる」 「そう、なのか……。おばさん……ね。わかった、今度聞いてみることにするよ」  赴任早々、何とも複雑な家庭の子がいたものだ。どう触れていけば良いだろう。  それは、彼と実際に話してみて、性格などで判断するしかない。  授業が始まる時刻が近付くと、徐々に生徒が集まってきた。  名簿を見るが、全員揃っても六人。何も印刷されていない空欄が寂しすぎる。  生徒だって、もうたいていのものはわかる年頃だ。  俺が来ることは親御さんから聞いてはいるだろう。皆が席につくのを確認すると、黒板に自身の名前を書く。 「えっと……今日から皆のクラスを担当します。佐藤航と言います。この村のことはまだわからないことだらけだから、ぜひ、教えてほしいな。よろしく」  意気込んだつもりが、沈黙が続く。  生徒達の視線を強烈に感じながらもじっと待っていると、朱が声を上げてくれた。 「先生! 金浦崎村へようこそ!」  朱の言葉に続くように、他の生徒も拍手をしてくれた。 「すげー! 先生、村の外から来たんだろ?」 「都会ってどんなところなんだ?」 「ねえねえ、オシャレなものってある?」 「ああ、ちょっと、答えるから皆順番に」  取り越し苦労だったようだ。皆元気があって、良い子じゃないか。  ただ、彼──真白は誰とも群れようとはせず、こちらを見ることもなく、俯いていたけれど。  真白がそうなっている原因は、その日の内にすぐにわかった。  他の子達に馴染めない。……というより、朱以外の周りが、真白をまるで居ないもののように扱っている。  いじめか……。どんな環境でも発生することはあるが、この小さな学校、村で起きているとなると、さぞ居心地は悪いだろう。  他に親戚や友達はいないのだろうか? それこそ村の外でもいい。この歳では難しいが、転校するというのも手だ。  その日は学期が始まったばかりであることもあり、簡単な学力テストをして、今後の授業範囲の予定、新学期への心構えなどを記したプリントを託して皆を帰した。

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