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第5話

 最後に残った生徒に、どう言ったものかと言葉を選びながら、声を掛けてみる。 「あの。日向真白くん……だよな?」  真白はこちらを振り向き、本当に自分に言っているのか……そんな風に警戒を強めた。 「ああっ、いや。俺、君の担任になる訳だから、ちゃんと挨拶をしておこうと思って。さっきのテストも、すごく成績良かったし」  ますます不審者を見るかのような顔になる。  あー……そうか。村人が皆高校に進学しない以上は、成績が高いことイコール褒めている、と直結しないのか。  たぶんそれより、人より腕っぷしがあるとか、商魂逞しいとか、女性なら何人子供が産めるかとか……そういうことがここでは優秀である基準なのかもしれない。 「えと、君は地頭からして良いように思う。学校が指定したカリキュラムのほとんどを、ほぼ独学で勉強しているようだし。成績が良いってのは、それだけ知識が豊富ってことなんだぞ。生きる上でもすごく役に立つ」 「……暇だから」 「え」  初めて彼の声を聞いた。  人見知りが激しいのか、上手く話せていない。けど、必死に言葉を紡ごうとしていることはわかる。 「暇だから。遊ぶ代わりに教科書読んでる。それだけ……」 「すごいじゃないか」 「そんなことないよ……」 「いいや、すごいって。どういう事情があれ、勉強嫌いの子は多いから。君みたいに真面目な子はそうそういないよ」  そこまで言うとさすがに真白も目をぱちくりさせた。  おおよそ漁業などできそうもない真白は、きっと家にこもって本を読んでいる方が性に合っているタイプだろうが、この村ではあまり各々の意思は尊重されそうにない。  良くも悪くも、時代の変化に疎いんだ。 「それなら……あの。これ……わかる?」  真白が教科書の中で指差したのは、三学期も末にやる古文・和歌の範囲だった。  そりゃあ、俺はわかるけど。一人でそこまで進めていたのか。  だとすれば、国語以外の教科も、教えられるところは教えられるかも。 「じゃあこれから放課後都合が良い日は、真白くんの為だけの特別勉強をやろう」  俺の提案が、真白の勉強はしたいがどうしていいかと悩んでいたやる気を後押ししたのだろうか。  真白は勉強熱心で、わからないことはわからないとはっきりものを言う素直な子で、でもそれを理解できると途端に「次はもっと難しい問題を」と向上心が高い凛々しい顔をして、とても教え甲斐があった。  垢抜けた中学生はこうはいかない。友達感覚で茶々を入れられるし、態度からして舐められもする。  なんだか夢と希望に満ち溢れていた、新人教師の頃の感覚を思い出した。  こんなに成績優秀、将来有望な子がこの小さな村に居るのははっきり言って惜しいな……とさえ。  進学はしないのだろうか。その選択肢すら頭にないのか。  個別指導も一週間が経った頃、それとなく聞いてみた。 「なあ、真白。村を出て、高校に行く気はないのか?」  そんな何でもない質問に、真白はたいそう驚いたような顔をした。 「む、村を、出る……」 「そう。それで、もうちょっと人気があるところに住むんだ。寮がある方がいいかな。真白の成績なら、市内でも県内でも、いやもっと都会の学校だって入れるよ」 「無理だよ」 「お世辞じゃないぞ。俺は真白にはそれ相応の能力があるって思って……」 「無理なの!!」  大人しい真白が荒々しく席を立った。 「……ごめんね。先生の期待には応えられそうにない」  物悲しく言って、真白はそそくさと荷物をまとめて帰ってしまった。  機嫌を損ねてしまったか……。それもそう、か。  村のことを何にも知らない新任の教師に、進路をあれこれ言われて。  生まれ育った場所を離れろと至極簡単に言われて。  怒っても仕方がない。さすがに自分勝手だったと反省する。  だが……真白の言う「無理」という言葉の真の意味を理解するのは、もう少し先の出来事だった。

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