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第16話
「それでもっ……それでもっ、真白に、ほんの少しでも、愛情を感じてあげられなかったんですかっ……」
「湧く訳がないでしょ。だってわたくしは……誰にも愛されない女だもの……」
それを聞いた途端、真白が手を離して駆け出した。俺が追い掛けるより早く、真白は椿を抱き締めていた。
「おばさん……そんなことない。僕は居場所を与えてくれて……毎日おいしいご飯をくれて……学校にも通わせてくれて……今まで育ててくれたおばさんのこと……ずっと愛してたよ。本当のお母さんだって、思ってた」
少なくとも真白にとって、椿は唯一の家族と呼べる人間だったんだ。
今こうして野望を告白されても、愛などなかったと冷たく言い放たれても、十五年間育ててくれたという恩義は変えようのない事実だ。
椿は初めは「汚らわしい」と叫びながらもがいていたが、真白の力は十五歳の少年らしく、椿の予想以上には強くなっていた。
真白が一向に動こうとしないので、椿の抵抗も徐々に大人しくなっていった。
「おかあさん……」
椿がそっと呟く。
「おかあさんに……なりたかった……でもなれなかったの……それだけなの……」
あの高飛車な椿が……子供のように人目もはばからず泣き出した。
それが本音だったんだ。彼女も村の犠牲者だ。
子供が産めなかろうが、彼女をありのまま受け入れてくれる環境であれば、人を、子を愛せたに違いない。
憎しみでここまで心を濁らせる必要なんてなかった。
「椿さん……。もしも、もしも何かが違ったら……こんなこと、しませんでしたよね……?」
椿はこくりと頷き、くずおれた。おずおずと、きっと初めて真白の背に手を伸ばす。
そして、強く抱擁した。それは、正しく親子の触れ合いに他なかった。
しかし、椿が騒ぎ立てていたせいだろうか、他の村人に見つかってしまった。
松明の灯りと共に「こっちに居るぞ!」と声がする。
何かを決意したかのように真白の頭を撫でると、椿はすっくと立ち上がった。
「行きなさい」
「椿さん……でも」
「母親は、子を守るものでしょ」
声に強い意志を感じ、嘘ではないと信じられた。
村人に立ちはだかる椿を残して、俺はまた真白の手を掴み走り出した。
直後、椿の森中に広がるような断末魔の叫びが聞こえた。
「先生! おばさんが……おばさんが……!」
「聴くな……! 今は走れ……走るんだ……!」
立ち止まったら、椿の後を追うことになる。
椿の最期の良心を無下にすることになる。そんなことはさせない。
これ以上犠牲なんて出すものか。
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