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第22話

 無事だった。生きていてくれた。人としての幸せを掴んでいた。  それだけで胸が張り裂けそうだ。  なら、もう彼の人生に干渉はしない。……その方がいい。  そう思っていたのに、 「先生?」  どうして見つけてくれるんだろうな。  声を掛けられたからには無視する訳にもいかず、振り向いた。 「先生……やっぱり、先生だ!」 「……そう呼んでくれるのは嬉しいけど、俺、もうとっくに教師辞めてるよ」 「ううん。先生は、僕にとってずっと先生だよ」  ニコリと笑った笑顔は、当時と何も変わっていない。  あんな凄惨な目に遭ったのに、どんな不幸も吹き飛ばしてしまうかのように明るい。  真白は喫茶店に入ると、俺を家族となった人に紹介してくれた。  真白の妻は、陽気で、人懐こいな、という、なんとなく朱を思い出す女性だった。  朱も生きていたら、こんな風に誰かと一緒になって、良き母親になれただろうか? つい彼女と重ねて感傷になってしまう。  真白が同じブランドの日焼け止めに異様にこだわっていて面白い、なんてことなどを話してくれたが、真白も俺があげたものを記憶の中で大事に思ってくれていると知って、嬉しかった。  ほとんど無理やり、赤ん坊も抱かされた。  赤ん坊はアルビノではなく、目鼻立ちも妻似の男の子であった。  相手は元生徒だって言うのに、不思議と孫を抱いているみたいな感覚だった。  今の真白は障害を持つ子供達が通う福祉施設で働いているという。  子供達、か。真白の純粋さは健在だった。  夜間だが、高校にも行けたという。  いろんな境遇の、いろんな年齢の人がいて……そう語る真白の楽しそうな顔を見ていると、やっぱり、村を逃げて正解だったと……数十年分の胸のつかえがとれた気がした。  積もる話もあるからと、二人きりで外に出た。  彼と並ぶと、空白の時間を嫌でも痛感する。  真白はすらっとした体型で、すっかり俺より身長が伸びた。  声も低くなったが中性的で爽やか。  ただ、見た目は十五歳の彼がそのまま大人になったかのような幼さも残っている。 「家族ができたんだな」 「僕、ずっと村に居たから、戸籍がなくて。奥さんは、戸籍取得の支援をしてくれてたんだ。優しいよ。僕にも、みんなにも」 「ああ。すごく伝わってきたよ。良い人にも出会えて良かった」 「でも、でもね。赤ちゃんについては……僕に似なくて本当に良かった、って思った。僕に似たら、きっと生きづらい。迫害に遭う。好奇の目で見られることになる」  おおよそ真白に似つかわしくない言葉。  だが、そうだ。他人の俺なんかが今でも恐ろしく感じている出来事なのだ、真白本人からすれば、どれほどに。  きっと考えようもないほど恐怖し、苦悩し、保護された後も今ここに立つまで大きな苦労をしてきたに違いない。  家族を持つことさえも快諾はできなかっただろう。  繊細な彼だからこそ、自らのことよりも、他人を。  何より分身とも言える赤子には、同じような想いをしてほしくない。そう考えるのは当然か。

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