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第3話「課題」
義人達の学科の主な課題はグループワークで行う事になっている。
「じゃあグループを発表するよー」
クラスは変わらず課題ごとに担任を替え、クラス内でグループを作る。
それがこの学科、造形建築デザイン学科。
建築学科とは違い、店の内装、インテリア選び、公園や植物園、ディスプレイのデザイン等をする学科である。
「えー、と、、ああ、これテキトーにアルファベットつけただけだから、後で班名考えて来てね。じゃあ発表します。A班、天野春香、竹岡千香、矢沢結衣、東雲恵理奈、武井杏、水谷栞、それから、、、」
今回の課題でこのクラスの担当になった教師が段々と生徒の名前を呼んでいく。アルファベッドを割り振られた班は、何も考えずに割り振っただけで男子が入っていない班さえある。
義人が呼ばれる前にC班で峰岸が呼ばれ、二人して「残念」と言い合いながら自分の番を待った。
「はい最後、E班、えーと、、、佐藤義人」
(E班か。まあ、最後まで呼ばれなかったからそうだろうけど、、)
「藤崎久遠」
(はッ!?)
「西野優花、入山楓、斉藤麗奈、片岡ももこ、遠藤敬子。以上でグループを組んでください、と、、、えーとじゃあ、最初に机くっつけて、班名と班長と副班長決めてくれる?それ終わったら今日は解散。グループの誰か、ここからこの紙とってって、班員の連絡先書いて提出ね」
ざわざわと騒ぎだすクラスメイト達。その中で1人ぼーっとする義人は、まさかの事態に頭がついていかなくなっていた。
(待て待て待て、待てって。え?なに、俺と藤崎同じ班なの、、、?)
何故よりにもよって藤崎と一緒なのだろうか。
教師の後ろにあるホワイトボードをぼんやりと眺めたまま、義人の頭はフル回転に動く。
義人、峰岸、藤崎、残るもう1人の男子である横川。4人しかいない男子の中で、よりによって藤崎と義人が同じ班に属することになった。
男子のいない班もある中、何かよく分からない不公平感と理不尽さを頭の片隅に感じつつ、今この場で教師に強く抗議するべきかと真剣に吟味している。
「佐藤くーん。何ぼーっとしてんの?早く机」
「あ、うん、、」
義人と藤崎のいる方に集まって来た班員達と話し合うため、机を合わせてパーティテーブルのように向かい合わせる。
「残念。2人一緒でいいなあ」
峰岸が少し寂しそうに言いながら自分の班員達の方へ行く為に荷物を持ち上げ、義人と藤崎を交互に見て呟いた。
「まあまあ、そう言わずに、飯とか一緒に食おうよ、峰岸くん」
藤崎はポン、と峰岸の肩を叩き、ね?と義人の方を向く。
元々遠い席に座っていた横川に関しては同じ予備校の仲間なのか、既に仲の良い女子達と戯れており義人達にはあまり興味がないようだった。
「そうだよ峰岸。今度ご飯行こ。後で俺にも連絡先教えて」
藤崎は置いておいて、義人は好感の持てる峰岸とは仲良くなりたい気持ちがある。
素直にそう言い、藤崎と同じように峰岸の肩に手を置いて摩った。
「本当〜!?良かった〜、やっぱり同じ男子の友達いないと心細いわ」
「あはは、わかる。じゃあ後でな」
峰岸は嬉しそうに手を振りながら遠ざかって行き、義人の班員はほぼ彼らの周りの席を取り机を移動し始めていた。
峰岸の後ろ姿を名残惜しく見送ると、少しでも離れて学生生活をしたいと想っていた藤崎が一瞬ニコリとこちらを向いた事に、また心底嫌な気持ちが蘇った義人は見事なシワを眉間に寄せた。
「動けよ佐藤くん。女子皆机持って来てくれてんだけど」
「あ、ごめん」
ワンテンポ遅れで急いで机を藤崎の隣につける。今回は義人、藤崎の他に5人の女子で1つのグループとなった。初めての課題で初めてのグループ作業だと思うと、メンバーの顔を1人1人見ながら、ほんの少しずつ緊張が増して来る。
憧れ続けた静海美術大学での初めての課題が、これから始まるのだ。
緊張と共に義人の中にあった藤崎への嫌な感触は消え、代わりに未知の世界への興奮を覚えていた。
「ここ男子多いね!」
「2人だけどね」
「仲良くしてよ」
「するする。するけどさ!多いなって!」
藤崎が仲良くしてと言った女子は、突然話しかけられて少し戸惑っている。
なんとなく藤崎の隣に机を寄せてしまった義人は自分が小さくなった気がした。体の大きさという話ではないのだが、隣は誰もが認めるだろうイケメンで中性的な美貌を持った自分を小馬鹿にしてくる張本人。
(こんなのと比べられたらたまったもんじゃねえな)
顔と言い、身長と言い。
コンプックスを抱かずにはいられない程色んな才能を持ち合わせた人間が隣にいる。プレッシャーとまでは行かずとも、義人なりにバツの悪さや居心地の悪さは感じており、いつもより少し背筋が丸くなる。
「えっと。自己紹介しようか!」
「ん、」
周りが「そうだね!」とにこやかに返す中、彼だけはキレの悪い返事が漏れた。
「入山楓(いりやまかえで)です。あ、趣味とか言おうか、せっかくだし。私は映画鑑賞かなぁ。これからよろしくね」
先程からリーダー気質を見せてくれるこの女子は入山と言う。サバッとしていそうなミディアムヘアの女子。
それから次々と自己紹介が続く。なんだか男子の足りない合コンのようで落ち着かない。
「藤崎久遠です。趣味は〜、読書とかかな」
「とかってなに、とかって!」
すかさずツッコんだのはこの中だと目立った外見をしている斉藤だった。付けまつ毛までしたしっかりメイク、髪も金色にピンクが入っていて、他の余り化粧っ気のない女子達と合わせると目立つ存在。
「色々あるってことで」
藤崎の目の前の席に座る斉藤は、分かりやすく藤崎に興味津々と言う態度を示している。机の上に乗り出した体勢だと、着ている服のせいもあってチラチラと胸の谷間が見えるがこれも計算の内だろうか。
「いーね、多趣味!」
「?」
異質な程の会話のこじつけ方に流石の義人も少し藤崎を気の毒に思った。
目を付けられたな、可哀想に。
斉藤以外の班員は皆そんなような目で2人を眺めている。
「次の人〜?」
「あ、ごめん。佐藤義人です。趣味は〜、、あんま趣味っぽい物ないけど、普通にドラマ見たり散歩したり」
藤崎と斉藤のやり取りに気を奪われていた義人は入山の声で我に帰った。
隣の席の藤崎の視線がこちらを向いている。それを感じると何かむず痒いものを覚えたが、敢えて視線は入山や周りの班員に向けておいた。
無論義人も男子である。
自己紹介が終わり、すかさず斉藤が口を開く。
「ドラマってー、今期はあれ見てるー?浜崎美久と矢島新星の出てるやつ!」
「君のいない春?」
「そー!それー!」
「ごめん見てないや。俺海外ドラマしか見なくて」
「えー!そうなんだー!」
斉藤の食いつきっぷりに苦笑いを浮かべる義人。
グイと身を乗り出して会話をしてくれるのは有り難いがなかなか好印象は抱かないタイプの彼女に少し引き気味に話す。場の空気は良くも悪くもなく、ただ斉藤1人がやたらに浮いている様に思えた。
クラス内も初めての班だけあって何処かよそよそしいぎこちなさがある。
結局、班長は斉藤、副班長に入山が入った。それぞれ連絡先を交換して、連絡用アプリでグループを作ったところで、入山がさっさと班名決めを決行する。
面倒見も良いが本人が効率良く動きたいと思う人間らしい。少し忙しなさもあるが、きびきびと動いてくれる入山にとっては斉藤のような人間は慣れ切った問題児なのかもしれない。
班長、副班長と言う立場そっちのけで配られたレジュメに班員の名前を記載してくれる。
「班名何がいい?」
「キューティーガールズ」
「男子2人いるからね、斉藤さん」
対して斉藤は班長とは名ばかりと言う事を気にもとめず、全てを入山任せにしていた。
「え、やだやだ。麗奈(れいな)って呼んでよ、楓ちゃん!」
妙なテンションに巻き込まれた入山は、笑いながらも少し困った様な顔をしていた。
「あ、じゃああれは?推しメンはつっかいチーム!」
「はあ、、?」
1人ではしゃぎまわっている斉藤に、呆れたようにため息をつく。
「つっかい」というのは、某有名アイドルグループの人気投票No.3ぐらいの女の子の呼び名だった気がする。義人自身そう言うものは疎いのであまり覚えていない。斉藤の騒ぎっぷりについていけない他のメンバー達は各々黙ったまま、斉藤の暴走を見送るように入山との会話を聞いている。
「うな重にしない?」
「はあ?」
次に口を出した相手に盛大に反応したのは義人だった。
「何でだよ」
ギリ、と睨んだ筈だったが、隣の席の男はへらりと笑ってみせる。
「食べたくない?」
藤崎のうざったいくらいにキラキラとした笑顔を向けられて、義人は斉藤の存在に対する疲れも重なりグッと苛つきが増す。
他の班の会話が耳の後ろから聞こえる。一番窓側に集まっていた彼等の班は、周りの班の机とは少し距離が空いた所にある。まるで孤島だ。
「もうそれでよくない?」
驚いたのは、この藤崎のテキトーな班名に疲れた声色で入山が答えた事だった。
「え」
結局、班名は「うな重」に決まり、斉藤はキャーキャー言いながら藤崎と会話している。
入山がまたため息を付いたのを気の毒に思った義人は、代わりに教員の机に班名と班員の名前、連絡先の書かれたレジュメを提出しに向かった。
課題への好奇心、期待、やる気は勿論あるものの、自分の席に戻る義人にニコリと笑いかけて来る藤崎と、その藤崎に夢中に話しかける斉藤を見て、彼自身もまた重いため息をついた。
「チームうな重かぁ、、、」
明らかに面倒くさそうな班だった。
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