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第21話「兆し」

「何言ったの、佐藤くんに」 自宅に着くなり藤崎はジャケットを脱ぎながら里音へ聞く。彼女は「うーん?」と言いながら一目散にソファに歩み寄り、ぼすん、と音を立てて座り込んだ。高いヒールで足が疲れたのか、やたらとバタバタさせてほぐしている。 「ありのままー。くうじゃなくて麻子が悪いって言ったの」 そんな所だろうと察しはついていた藤崎は、小さくため息をつきながら玄関の靴を整えてリビングに入り、持っていた小さな紙袋をテーブルの上に静かに置いた。 「あの子きらーい」 天井を見上げながら、里音が伸びをする。カウンターに上着を置くと、藤崎も里音の隣にぼすん、と腰掛けて落ち着いた。 「俺も無理」 「ふふふ。何怒ってんの?」 首を傾げてゴキ、と鳴らすと、ふー、と深く息を吐きながら藤崎がソファの背もたれに埋もれる。目を瞑ったままでも分かる、里音が楽しそうにニヤついている顔を想像していた。 「怒ってないよ、もうね。どんなもんかなと思ってたんだよ、俺のライバル」 座り直して肘掛けに頭を乗せた里音が、脚を伸ばして藤崎の太腿の上に乗っけてくる。バシ、と一度それを叩いたが退きそうになかった。 「ライバルって、あはは!まあ、そうだけどさ!」 上機嫌な里音は付けたまま出て行ったテレビに視線を移す。夕方のニュースの時間だった。 「くうの好きな人、こんなすぐ会えるなんて思わなかった」 「俺もびっくりした」 「美人だね、佐藤くん」 眠そうな声はどこか嬉しそうに言った。藤崎は閉じていた目を開けるとテレビ画面の右上で時間を確認し、またゆっくり目を閉じる。16時45分。夕飯を作るにはまだ早い。 「だろ?」 「あと、焦り方可愛かった」 「とんなよ」 「とんないよ」 今日1日の義人を思い出すと胸が躍る。カフェに入ったときは驚いた。似ている人がいるな、と外から窓の中を覗いたときに思ってはいたが、本人だとは思わなかったのだ。むしろ、最近義人の事ばかり考え過ぎていて、他人を彼に寄せて見るようにでもなったのかと自分を疑っていた。 「え、でもさあ」 「ん?」 腹筋に力を入れて里音が起き上がる。それに合わせて藤崎も目を開け、彼女の真剣な瞳を見つめ返した。 「くう、、上、だよね?」 「は?」 ズイ、と里音が前のめりになる。いつの間にかソファの上に正座していた。 「くうがちんこ突っ込む方でしょ?」 「うーん、まあそうなりたいけど、なに」 「えー、、双子の兄貴がお尻の穴掘られてんのとかちょっと、、ちょーっと考えたくなかっただけ」 「りいさあ、、最近本当に物言いが滝野に似て来てるよ。それやめな?馬鹿だと思われるよ?」 「えー!?うっそお!!」 頭を抱えながら里音がソファの上で悶え始める。しばらく笑いながらそれを見ていたが、途中で立ち上がり、ケトルの湯沸かしのボタンを押した。パッとライトがついてボタンが光ったのを確認すると、マグカップを2つ棚から取り出してテレビの前のテーブルに置く。インスタントでもいいからコーヒーが飲みたい気分だった。 「、、くうの恋が叶いますように」 藤崎の行動を見守っていた里音がポツリと呟く。 「んー、どうかねー。微妙にカフェでアピったのに、全然気にしてなかったからなぁ」 「うーわ。おいおい、マジでがんばってよ」 「んー」 言いながら、インスタントコーヒーをキッチンの棚に取りに行く。2人分持ってくるとテーブルに置き、ソファに座ってお湯が沸くのをニュースを見ながら待つ事にする。 「麻子ちゃんと別れたらどうすんの?」 「つけ込む」 「だろうねー。あー、性格悪い双子だなあ」 「使えるものは使うでしょー、佐藤くん手強いんだからー」 明日の天気は晴れのち曇り。明日も義人に会えると考えると曇りも雨もどうでも良かったが、どうせなら課題に打ち込める晴れの方が彼は嬉しいだろうな、とぼんやり義人の顔を思い出す。 「別れちまえば良いのに」 「うっわ。すんごい感情込めて言ったね」 「じゃないと本気で手出せないじゃん」 「確かに」 ピピピ、とケトルがお湯が沸いたと知らせてくる。それを取りに行きながら、立ち上がった藤崎はニヤッと笑って一瞬里音を見下ろした。 「とか言いながら、佐藤くんが泊まった日、寝てる隙にちゅーした」 「えー!?」 背もたれに埋まろうとしていた里音はガバッと起き上がり、目を輝かせる。 「なにそれー!寝込み襲ってんじゃん!!」 「いやー。つい?」 「変態っぽい」 「隠し撮りしてる時点で変態だからな」 「あ、そっか」 ソファから滑るように降りた里音はラグの上に座り、マグカップの上にドリップバッグをセットした。 「ずっと楽しくなさそうな顔してた」 「、、ごめん」 最寄り駅まで、あと5駅。 ドア付近に立ったまま電車に揺られていたら、隣に立っている麻子にそう言われた。 「でもそっちも楽しくなさそうだった」 何を見るわけでもなくなった2人も、藤崎達の後を追うように帰りながら話す事になった。日曜日、16時台の電車は空いていた。 「そうだね」 義人達のいる車両には他に2人しか乗っていない。それも席が離れていた。麻子は小さな声で返事を返すと、正面にある窓の外の流れて行く景色を見た。夕焼けが見える。 「麻子」 義人は緊張していた。 「ん?」 こちらを向かない彼女に、それでもグッと決意を固めて口を開く。 「別れようか」 「、、え?」 驚いて、目を見開いていた。 一瞬。義人自身も自分の口から出た言葉が信じられなかった程に、それは異質な台詞だった。 「付き合って下さい」と言った覚えの無い2人の間にその言葉は響いて、義人には悲しく感じられ、麻子には腹立たしく感じられていた。 「お互い一緒にいても楽しくないなら別れよう。何か、、俺も俺で、本当ごめん。自分勝手なのは分かるんだけど、でもこのままでいてもお互いの為にならない」 義人にしてはハッキリと言い切った方だった。恋愛関係にある相手と話すとき、相手を傷つける様な言葉を彼はあまり選ばない。 これだけは、ここできっぱりと終わらせないといけない。麻子に申し訳ない。そう思ったが故の言葉だった。 「、、、やだ」 「え?」 てっきり何かキツい事を言い返され、喧嘩別れになるかもしれないとまで踏んでいた義人の耳に聞こえた答えはあまりにも意外なもので、すぐに彼女の顔を見る。 「一緒にいたい」 こちらを向いた麻子は、無表情に見えた。 「なんで?」 「なんでも」 断らせない。向こうにもそんな強い意志を感じて取れた。 「、、、」 「明日、義人の学校行くよ」 「え?」 「それでちゃんと、もう1回話し合おう。お願い」 「、、分かった」 明日は昼過ぎの授業が1つ休講になっている。4限目、その時間なら他のグループメンバーは普通に授業がある。入山と一緒に取っている授業だ。 「じゃあ明日話そう。もう1回、ちゃんと」 麻子に4限の時間を伝え、その時間に来てもらう事にした。 それ以降、もう2人が車内で何か話すことはなかった。

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