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第22話「魅力」

「、、、」 1、2限のグループ課題の作業中、意識していなくても、義人の視線は藤崎を追っていた。 面は良い。 尺もある。 女子からしたらあの笑顔だって破壊力は抜群で、声も低くていいのだろう。 おまけに何事も慣れている感じがあり、雰囲気やら仕草やら話し方でさえも、色っぽいオーラを持っている。 自分とは比べ物にならないくらいに、良い男。彼氏にしたいと誰もが思うだろう、と藤崎を盗み見ながら義人は段々と背中を丸めて行った。 (考えてたら虚しくなって来た) 悲しすぎてどうにもならない。だが下手に抑えられるものでもなく、気になってしまっては作業をしつつ、こそこそちらちらと藤崎を見ていた。 見ながら、ずっとどうしたら良かったのだろうかと考えている。 「、、佐藤くーん」 「え?あ、なに?」 相変わらず授業に来ない斉藤のおかげで、4階班は義人と藤崎の2人だけの空間だった。 まだ日が差し込む時間であっても、7号館の4階は廊下の電気をつけている。噂で聞いたが、数ある校舎の中でも光が差し込まない長い廊下が有名で、何人もがここで幽霊を見たと言う。 「それ位置間違えてる!緑の養生テープのところ!」 「みどり?、、ああ、ここー?」 「そー!」 ボーッとしていた義人を起こしたのは藤崎で、貼付けようとしていたワイヤーの場所が違っていたらしく指摘され、正しい位置まで直す。随分ズレていた。 「集中しろよ俺、、」 ボソ、と手元で作業をしながら呟く。 「貼れたー?」 「貼れたー!」 縦横約3メートルの正方形の吹き抜けを挟んで手前の義人と向こう側にいる藤崎が大声で会話をする。固定し終わると、藤崎が義人側に回り込んで来てくれた。 「4階はこれで全部だね」 「そうな。あー、結構腕の力使った」 「確かに」 そう喋りながらも、ちらちらと藤崎を見てしまった。 (重傷だなぁ) 結局昨日はあれ以降何も話す事がなく、麻子の最寄駅についたところで解散になった。朝から連絡も来ていない。 「今日、もっと楽しみたかった」 話すと言うより、最後の最後に吐き捨てられるように言われたのはそんな台詞だった。 バタンと閉じた電車のドアのガラス越しに、呆気に取られる自分と俯いた麻子の視線が絡む事はなかった。 藤崎と一緒にいた店では楽しそうだった麻子を思い出したのはその後、実家に帰って風呂に入ってからだ。あまりにも理不尽を感じたが、自分が藤崎よりもつまらないのも、口下手なのも、興味をそそらないのも理解できていて、心の中でさえ、ようは「つまらなかった」と言った麻子に何も言い返すことができずに終わった。 「佐藤くん」 「んー、、?」 そんな事が、藤崎の顔を見る度に思い出されてならない。ムカつきはしない。別段、藤崎が悪いわけでは無い。もうその事は十分に分かっている。 そうではなくて、せめて友達として、人間として好きで一緒にいたと思いたかった相手に、こうも簡単にそれを否定されるのかと呆気に取られているのだ。 「さっきから、何で俺のことチラチラ見てんの?」 だからこそ、見ている事がバレたとき、義人は恥ずかしくて大声を出してしまった。 「はあ!?見てねーよ!!」 チラ見も盗み見もバレバレだったのだ。 「うっそぉ。佐藤くんからの熱ーい視線がとても気になりましたよ?」 ニコニコと余裕の笑みを蓄えながら、義人に近づく藤崎。ワイヤーを固定している重りの位置を調節し直していた義人は、しゃがみ込んだまま詰め寄ってくる藤崎を睨みあげる。 「な、わけないだろッ!誰が好き好んでお前なんか見るかよ!!キモいんだよいちいち!!」 「言いたい放題だねー」 涼しげな笑顔のまま、義人に合わせる様に藤崎がしゃがみ込む。吹き抜けとは対面の廊下の端で男2人は見つめ合った。 「いや、あの、、、いや、」 (いやいや、いや、待てよ?) 藤崎久遠は経験豊富だ。 聞かずともそんな事は義人にも察しがつく。考えてみたら、今抱えている悩みを一番相談して良い答えが返ってきそうな相手でもある。 「、、あのさあ、藤崎」 もはや、ダメもとでも良い。 「ん?」 2階から、遠藤、入山、片岡、西野がふざけている声が聞こえる。3階を終わらせた西野が2階に合流し、それでも終わらない2階に入山も上がってきたようだ。 「昨日の帰り麻子に、、、えーとな、まとめると、一緒にいてつまんないって言われたんだわ」 「、、うん」 真剣な話しだと察したらしい藤崎は、ドス、と廊下に座り込む。あぐらをかいて膝に頬杖をついた彼に合わせるように、義人は何故かその場にゆっくり正座をした。床がヒンヤリとしている。 「俺も正直、昨日、楽しくなさそうだったねって言われて、言い返せなくて。そっちも楽しくなさそうだったよね、って言っちゃって」 「うん」 「で、」 藤崎は、酷く真剣な目をしていた。それがなんだか新鮮で、絡めた視線さえも真剣で、ドキリと胸が高鳴る。顔の良い奴がこういう顔すると、なんだか緊張感が増すなあ、と頭のどこかで他人事のように義人は考える。 「何か、ごめん、何言いたいかって言うと、」 「ゆっくりでいいよ、時間ありそうだし。佐藤くんが話したいように話して」 痛いくらいに藤崎の対応は大人で落ち着ききっている。2階から「ゴキブリいるじゃん!!」と入山の悲鳴にも似た声がした。 「ありがとう、、うーんと、別れようって言ったんだ。互いに一緒にいて楽しくなかったし、この先ももう無理そうだから」 「うん」 「そしたら、なんか、今日?、話し合おう、みたいな。俺、4限休講だから、4限に来るって、、」 「うん」 「で、、何、相談したいかって言うと、」 込み上げてきた何かのせいで、義人の声が微かに震えた。 「つ、、、つまんないかなー?俺って」 下手くそな笑顔だった。引き攣った頬と、無理矢理に上げた口角がぴくぴく動く。 そんな不器用な顔で聞いたあまりにも情けない質問は、廊下に響いたように思えた。 「つまんないかな?、と、思ったら、、、ダメだ虚しくなって来た飛び降りよう」 「待て待て待て」 「止めるな藤崎」 「止めるだろ普通に」 重い雰囲気に堪え兼ねて、逃げ出したくなって立ち上がろうとする義人の腕を藤崎が掴む。グン、と引き戻されると、真剣な目がまたこちらを向いているのが見えた。 「いて、」 「ああ、ごめん」 「握力やべえな、お前」 あはは、とから笑いをすると、今度は藤崎がため息をつくのが見えて、呆れられたな、と体がびくついた。 「座って」 促されるまま、正座に戻る。 「、、あのさあ佐藤くん」 「?」 怖くて俯かせた視線を、その声は上に向かせる。バチンと交わった義人と藤崎の視線。たまに見せる真剣な話をするときの藤崎の目の色は、何色をしているのかよく分からなくなる。 「っ、、?」 ドク、ドク、と心臓がうるさい。シンとした4階の廊下に響きそうで、義人はまた背中を丸めた。この音が、情けない音が藤崎にまで聞こえてしまいそうで恐ろしかった。 「どうせ佐藤くんの事だから、嘘だろとか冗談言うなとか、気休めはいいとか言いそうだけど。今から言う事は全て俺の本心だから、ちゃんと、耳の穴かっぽじって聞け」 「は、はい」 キリッとした顔も、ただただイケメンだ。 また虚しくなりそうな自分を抑え、藤崎を見つめる。女の子がこんな距離でこんな風に藤崎に見つめられたら堪ったもんじゃないだろうな、とか何とか考えながら、そんな下らないものを頭から振り払った。 「俺からしてみれば、君はすごく魅力的な人間だよ」 その第一声に、痛い程、胸が高鳴ったからだ。 「性格悪い俺ともこうして友達でいてくれるし、性格悪い俺の妹とも友達になってくれた。作業はちゃんとやるし自分の意見はしっかり言えるし、何より君は相当カッコいい。一緒にいてすごく楽しい。冗談だって付き合ってくれる。でなけりゃ君に嫌われてるかもしれないのに、俺だってここまでがんばって関わろうとか、昨日だって一緒に雑貨屋巡りしたいとか思わない」 それはまるで義人が感じていた劣等感なんてものを全て吹き飛ばせる程に、誰にも言われた事がないたくさんの言葉だった。 「えっ、、と、、」 「君は十分魅力的で、すごい人間で、一緒にいたくなる人だ。だからそうやって自分を卑下してばかりじゃなくて、もっと自信を持ってほしい」 圧倒された。 こんなにたくさんの言葉をくれる友人を義人は持っていなかったからだ。恥ずかしげもなく、惜しげもなく、自分を真っ直ぐ見ながら自分を語ってくれる。 味わった事もない程嬉しくて、それでいて聞いているこちらが恥ずかしい。 「俺は、佐藤くんが好きだよ。だから俺の好きな佐藤くんを、あんまりいじめないで」 「ッ、、!」 顔に熱が、一気に集まってくる。義人は自分が藤崎に抱いている「差」が心底下らないものなのだと知った。 そんな事を考える暇があるなら、相手のいいところをこんな風に何個も言える人間になりたいと思った。それ程に、藤崎がくれたたくさんの言葉は義人の胸にじんわりと染み込んだ。 「まだ言おうか?」 ニヤ、と笑ういつもの顔。 春の日の午前中。日差しは差し込まなくても、涼しくて穏やかな風は4階の廊下にも確かに届いていた。 「い、いいです、いいです!!充分、ありがとう!!」 ふわりとそれは2人を包んで、前髪を揺らして去って行く。 「でも、まだまだあるよ」 グイ、と。掴まれたままの腕を引寄せられた。 「え?」 お互いの膝がつきそうな至近距離。すぐそこにある藤崎の顔は、やはり整いきっている。 「俺は佐藤くんの良いところ、めっちゃいっぱい知ってる」 「あッ、、」 (まつげ、なが、、) 深い茶色の瞳は、やはり日本人離れした色をしていた。吸い込まれそうなその目を見つめたまま、義人はゴクン、と唾を飲み込む。 うるさい心臓の事などもう頭から抜けている。ただ目の前にある藤崎の整った顔を瞼の裏に焼き付けるみたいに、ずっと見つめる義人がいた。 「ぁ、、え、、」 「佐藤くん」 「あ、」 「キス、する?」 その唇の感触をもう知っているくせに、藤崎は義人に意地悪く笑い掛ける。今、義人が自分に意識を集中して、掴んだ腕から伝わってくる程に体温を上げているのだと分かった事が嬉しくてならないのだ。 「な、なな、な、何言ってんのお前!!」 数秒後、義人の掴まれていない左手が、ガッと藤崎の頭をぶん殴った。

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