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第27話「感覚」
(そーいや、触らされた時のアイツの、、、いや、待て待て待て待て待て)
「、、ねえ佐藤くん。なに変な顔してんの?」
「入山」
「ん?」
「俺は今、、変な事を考えているッ!!」
「大丈夫か佐藤ッッ!!」
バッとしゃがみ込んで頭を抱える義人の背中に手を置き、ぐんぐん揺らしながら入山が大声でそう言った。
(確かにあの、、デカいなあとは思ったけどいちいちそれを思い出すな考えるな!!)
数日前に連れ込まれたトイレの中で起きた事を未だにぽわん、と思い出す事がある。
触れたのど仏や、その次に触れた場所の事など、割と鮮明に。
「落ち着きたまえ青少年。この思春期後半戦、誰だって変な事は考えるさ」
「え?あ、はい。そうなんですか、入山隊長」
しゃがんだまま隣を向けば、義人の背中をさすりながら何処か遠くをキリッとした顔で見つめる入山が見える。
「ああ、安心しろ。この私だって、先程登校途中に駅の階段を登りながら、目の前にいる女子高生の見えそうで見えないスカートの中にドギマギしていた」
「入山って真面目そうで変態だよな。見るのやめな?」
「アンタに言われたくないかな。真面目そうで変人くん」
立ち上がって入山と笑い合う。
4限は入山と一緒の講義を取っており、今はその講義の行われる教室へ向かっている途中だった。
先日2日程雨が降った日があったが、今日はまた快晴で日差しが眩しい時間があった。1限、2限のグループワークの授業中は良く藤崎と目があったなあ、と遠くの空を見上げる。
「で、何考えてたの?」
「あ、いや、何でも無い」
「ええー、そこまで言ってそれぇ?」
誤魔化すように苦笑いを浮かべた義人の肩にトン、と肘をぶつけ、口を尖らせながら入山が歩き出す。
「えーっと、、藤崎って、かっこいいなあ、と急に思って」
「うわ、どうしたの。あんなにいつもからかわれてキレてを繰り返してるのに。そら確かに変だわ」
見開かれた大きな目がこちらに向けられる。
「そうだっけ」
「そうだよー。いっつも班の女子でまたやってるねーって言ってんだから」
確かに、たまに呆れた顔でこちらを見つめられているとは義人も気が付いてはいた。
「うーん、でもさぁ。カッコいいのも大変そうだよね」
「なんで?」
「あれちょうど1週間前だっけな?ほら、私達の次の授業が休講だった日。藤崎くんがね、正門のとこですんごいキャハキャハしてる派手な女子達に囲まれててさ」
「え?」
まさか、と義人の背中にぞくっとした嫌な感触が浮かぶ。入山が話し始めたのは間違いなく、あの日の話だった。
「造建じゃなかったな。見た事無い子達だったもん。でさ、囲まれて困ってて。まあ、助けたりしたら被害に合いそうだから、敬子もいたんだけど、2人で見てた訳さ」
「助けてやれよ」
自分も助けに行かなかったが、明らかに助けられる状況の2人ですら知らんぷりを決め込んでいたらしい。
聞きながらも義人の胸は少し痛んだ。藤崎を1人取り残したのは自分だったのだ。
「やだよ。何されるか分かんないじゃん、女子に」
入山はしれっと言う。
「で、いきなりね?その子達に向かって、俺、好きな子いるんで、こうゆうのやめて下さい!って言って走ってっちゃったの」
「え、」
何故だか、ズ、と胸が痛んだ。
「大変だね、イケメンて。違う大学から来てたのかなあ?いやでも、すごいよね。公言しちゃうくらいに好きなんだね」
「、、、」
「誰なんだろうなあ、好きな人って」
轟々と音がする。身体はここにあるのに、心は何処かへいってしまったかのようにふわふわしていた。
友達だからだろう。義人にとって、あんなに真剣に話を聞いてくれた、相談に乗って真剣に答えを返してくれた初めての友達。だからだろう。
「佐藤くん?」
「、、ん、え?」
「教室ついたよ」
いつの間にか講義を受ける教室のドアの前に立っている。
「あー、ごめん、ボーっとしてた」
ガラ、と引き戸を開けて中に入る。開けられている窓から心地いい涼しさの風が流れ込んできていた。
「、、、」
藤崎に好きな人がいて、そんなにも好きだと想っているのだと知って、何かひとりでポツンとそこに立っているような感覚が義人を襲う。
(俺、なんで、)
友人として今まで感じたことがない程、義人は藤崎を信頼していた。
「好き」が分からない事。キスやセックスができない事。それをコンプックスに感じていた彼に、気にしなくて良い、これからで良い、そう教えてくれた人ができた事が、義人にとってはすごい事だったのだ。
(何で、寂しいの)
大きくなって来ていた友達としての藤崎の存在が、急に遠ざかったような気がしているだけだ。
(何で、)
あの隣に誰かがいる。暖かくて優しい場所に誰かが行き着く事になる。それは「好き」が分かる藤崎や周りからすれば当たり前で、何の違和感もない。
(苦しくなったんだろう)
自分はまだ分からないのだから、知らないのだから、だからこんな事を感じているのだろうと思った。ひとりだけ仲間外れのように寂しく思っているだけだろう。分からない事が苦しいのだろう。
でもそんな事は気にしなくて良い。待っていれば良い。分かるようになったとき、誰かに「好き」だと伝えられればいい。
それだけの話の筈なのに、藤崎に好きな人がいると言う事実が、重たく、悲しく、義人の胸を締め上げる。
昼休みは大体いつも班員で昼食を取っている。
すでに食堂に集合しているメンバーは、藤崎を除いた全員だった。
「藤崎くん遅いね」
遠藤はずいぶん早く来ていたらしく、既に4人掛けの丸テーブルの上にカツ丼を置いている。
「メッセも見てないみたい」
片岡が携帯電話を片手にそう言った。
義人は6人座れるようにと、空いている周りの席から椅子を引っ張ってくる。
いつもは早めに来ている藤崎がいない事に少し違和感を感じながら、先に食べていようと遠藤以外の全員が昼食を買う為に席を立った。
「何がいいかなー」
入山の後ろにつきながら食券販売機の列に並ぶと、義人も一度、携帯電話を確認した。
グループ全員で連絡を取り合っているアプリを覗いたが、やはり藤崎からの連絡は何も返って来ていなかった。
「、、あ、俺購買行ってくる」
いつもなら遅れるにしてもひと言入れるやつなのに、と思いながら前に並んでいる入山達に声を掛ける。
食堂のある11号館A棟の道を挟んだ隣に5号館がある。5号館1階に購買が入っていた。
「え?」
「シャー芯買いたいんだ」
「おー、わかった。いってらっしゃい」
食堂を出て道を挟み、そのまま隣の館へ移動する。購買はボリュームはあるけれど安いパンが売っていて人気があり、中が混み合っていた。
シャー芯を手に取って、カップ焼きそばも一緒に買う。財布とシャー芯をポケットに入れてから、焼きそばと割り箸を持って食堂に向かう。食堂にもポットが置いてあり、お湯は入れられる筈だ。
「あ、」
混み合い過ぎた購買から出ようと正面入り口に向かうが、やはり人だかりがあって身動きが取れなくなる。
義人は仕方なく裏の入り口のドアを押し開けて外へと脱出した。
「、、ん?」
11号館A棟の向こうには、隙間なくB棟が並んで建っている。その裏手には「オアシス」と呼ばれる木々の生い茂った小さな広場がある事は知っていた。
購買の裏の入り口から出てA棟の裏の入り口から入ろうとしていた義人の目に、そのオアシスの木々の向こうにいる藤崎が映った。
11号館B棟の裏口は目の前に木が生えてしまった為使用禁止になっている。その入り口の近くに藤崎はただ突っ立っているように見えた。
「藤崎、、?」
(何であんなところにいんだ?)
お昼どうすんの、と声をかけるつもりでいた。
何の気無しに足を進め、藤崎のいる方へ近づく。風が出ると、オアシスの木々はガヤガヤとうるさく鳴った。
「前から、好きでした」
そう綺麗な声が聞こえて、思わず足を止める。
「え、、?」
何故かやばいと思った義人は、バッと近くにあった低い木の木陰に隠れる。藤崎に気が付かれる前にしゃがみ込めた自分を褒めつつ、その場から動けなくなった。
好奇心だろうか。
聞き耳を立てて、人の告白現場に居座ったのだ。自分の心臓の音ばかりがうるさく響いて聞こえるこの場に。
「、、、」
「付き合ってください」
「っ!」
聞いた瞬間、血の気がひいた。
何故自分がここから動かず、藤崎の答えが知りたいと思っているのかもよく分からない。
友人のこんな現場に黙っているなんて言うのは、とてつもなく悪趣味だった。
(藤崎、、の、好きな子、、?)
胸が苦しくて、呼吸ができなくなりそうだ。
「はい」という答えが頭の中でぐるぐるとする。もしも今告白しているあの子が藤崎の好きな子だったらこのまま藤崎に彼女が出来てしまうのだと思うと、バクバクとうるさい血の巡りは更に加速していった。
義人の頭はまたフル回転していた。
(藤崎に、彼女ができる、、)
突然始まった動悸に胸がついていかない。
浅くなる呼吸音が聞こえないように、背中を丸めて焼きそばを抱えた。
(藤崎)
どうしてかは分からなかった。けれど、「はい」と言う答えを聞きたくないと、確かに義人はそう思った。
周りの木は人を寄せ付けないように、またガヤガヤとうるさく鳴る。
(な、何これ、急に告白始まるし、アイツ昼飯どーすんの、、て言うかこんな時間に告白とかする?放課後で良くない?何で今?いやもうどうでも良いけど、アイツどうすんの?まさか付き合う?そしたらあの子が彼女?俺どうしたら良いの、誰とふざければ良いの、またみんなでご飯行ったり出来なくなんの?だったら嫌だ、皆んなでいたいし、あいつと、)
「ごめん」
「っぁ、」
聞こえた答えに、肺に溜まった空気が一気に口から吐き出される。出てしまった情けない声に自分でも驚いて、片手で口を覆った。
体に力が入っていたのか、カタカタと足が震え始めて、ぐわんぐわんと耳の後ろがうるさい。
「そっか」
諦めた女の子の声に、一気に安堵が義人の全身を巡る。
「白石さんとは友達でいたい」
真剣で格好いい低い声は、静かに相手にトドメを刺した。
「、、藤崎くん、好きな人いるんだって?」
そして彼女の声に、またギュッと力が入る。
今日はあと何度、その話題で胸が締め付けられる事になるのだろうか。
俯いて見えた地面には、コンクリートの上に青い葉っぱが落ちている。
「、、うん」
「それってさ、」
ここにいるんじゃなかった。いるべきではなかった。胸の中心が痛い。久々に、ぐりぐりと自分の胸、鎖骨の下あたりを擦り始めていた。
「明里ちゃん?」
(あか、り、、?)
彼女の口から出た名前に、義人は全く聞き覚えがない。
グリ、グリ、と腫れているわけでもない、痒いわけでもないそこを擦る。こんなに自分が動揺するとも思っていなかった義人は、もう一度、すぐに立ち去ればよかったと思った。
「違うけど、なんで?」
「だって、連絡とってるって、本人から聞いたから」
「あー、、連絡来るから、たまに返すだけだよ」
「そっか。まあ、いいや。友達ね、よろしく」
「うん。じゃ」
藤崎から出た否定の言葉はもちろん義人の耳に届いていた。けれど何故、白石と呼ばれた彼女がその女の子の事を気にしたのかが引っかかる。
連絡を取っている女の子がいる。あまり携帯電話を触らず、滝野の連絡も無視するような男が連絡を取っている相手がいる。
(あかり、、聞いたことない、知らない子だ。この大学って事か、どんな子だろう。どのくらい仲がいいんだ?そう言うの、全然聞いたことない)
頭の中をぐるぐるぐるぐる。頭が痛くなりそうな程、「あかり」と言う人物で思考回路が埋もれていく。
(何でこんなになんの、気持ち悪い)
震える手足が、収まらない。肩の力だけは抜けたようだったが、胸を擦る手もまだ止まらなかった。
「ん、」
苦しい。
(いや、だなあ、、)
藤崎に好きな人がいる事。
それを自分が知らない事。
教えてもらえていない事。
自分が蚊帳の外にいる事。
自分だけ「好き」が分からない事。
そんな事実が義人を苦しめ、初めての感覚を味合わせている。
「、、いやだなあ」
彼はまだ知らない。
それが嫉妬だと言う事。
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