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第28話「誘惑」

翌日の1、2限は来ている教授にグループとしては一番最初に作品を見せた。 課題の全体発表とプレゼンまであと数日と言うとき、最後の確認を教授にしてもらう日である。 どこを直せ、あそこはいい。ここは違う方が良い、そこは色を変えた方が良い。 アドバイスを色々もらってから、教授が他の班を見に行った。 7号館の吹き抜けの下に集まったチームうな重は全員で上を見上げながら、言われたアドバイスの意味を理解する為に確認作業をしている。 最後の最後で中々に言われ、各々が疲れた表情を浮かべた。 「どーするよ。あそこの色、気に入ってたのに」 「全部真に受ける事無いと思うけど」 「でも、あそこは私好きだけど。あっちの色はちょっとキツいと思う」 「、、ん、あそこ?」 「あの、3階の、右から2番目の、」 「あれか」 「そうそう」 「うーん、良いと思ったんだが。もう少し、薄い色の方が良い?」 「うんうん」 基本、斉藤以外のメンバーは真面目で、しかもそれぞれちゃんと意見を持っている。互いに違う感性を分け合って1つにしてこそこの学科の作品だ。 上を見上げながら、吹き抜けを飾るその仕掛けを義人はまじまじと見た。 「、、、」 見ながら、ちらりと、隣の藤崎を見る。 「っ、」 「ん?」 バチ、と。藤崎もちょうど義人を見ていて、視線が絡まった。一瞬で恥ずかしくなった義人は焦ったように、急いで視線を断ち切ってそっぽを向いてから、また上を見上げる。 「ん、悪い、何でもない」 顔が熱い。 告白の事が気になって昨日もろくに眠れなかった義人は藤崎と面と向かって話せなくなっていた。 その後の作業中でさえ、追いたくないと思いつつも藤崎の姿を探す視線。変に話しかけたくなったり、ボーっとしている顔でさえ、じっと見つめてしまう。 「、、、俺、気持ち悪いなあ」 4階でひとり、変えることになったパーツをいじりながらポツリと出た言葉。誰にも聞こえないそれは小さく暗い廊下に響いて消える。 「佐藤くん」 「おわッ!?」 いつのまにか後ろに立っていた藤崎がとんとんと義人の肩を叩き、驚いた義人は持っていたパーツを床に落としながら勢いよく振り返る。 やたらと整った顔が、こちらを覗き込んできていた。 「何だよ!!」 「いや、ぼーっとしてっからさぁ。女子、休憩で皆お菓子買いに行ったけど、俺らも行く?」 「え、、?」 そう聞いて立ち上がり、吹き抜けを覗き込む。入山も遠藤も片岡も西野の姿も、どの階にも見当たらなくなっていた。 「誰もいない、、いつの間に」 「ちゃんと俺たちに行くか聞いてたんだけど。佐藤くん呼んでも答えないから行っていいよって言った」 「え、ごめん」 「平気だよ」 藤崎が吹き抜けの壁の柵を背に、その場に座り込む。まるでドラマのワンシーンのような姿に、ドク、と胸が高鳴る。何をしても彼は絵になって見えた。 「疲れた」 「ん、そうだな」 ふぅ、と息を吐き出す藤崎が、妙に色っぽい。 (俺、どうしたんだ、、?) どっこらせ、と義人はその隣に腰掛けた。やたらとうるさい胸の内は、いつから始まったのだろう。居心地の悪さを感じながらも、それでも藤崎の隣にいたくて、膝を立てて座りながら藤崎のいない方へ向いた。 「なー、佐藤くん」 「なんだよ」 「また悩み事?」 「え?」 確かに疲れた。話し合いが終わってから急ピッチで修正箇所に手を回し、他の階も手伝ってから4階に上がって1人で作業していた義人は短く息をつく。 他の班よりも明らかに課題に力を入れている為、義人達の班はオーバーワークし過ぎと言う点も教授から少し注意されていた。 「さっきから、また俺のことずっと見てるだろ」 「は、、!?」 あまり視線が合う事はなかった為、義人は今回もバレていないと思っていた。 俯いていた視線を隣に投げれば、ニヤ、と伺うような笑みが返ってくる。 「なわけねえだろ!自意識過剰!!」 「あー、そう。ならいいんだけど」 「っ、、」 やはり居心地が悪く、そっぽを向く。 「あんまり熱い目で見ないでよ」 煽るようなその言葉にカッとなり、言い返してやろうと藤崎の方へ向き直った、その瞬間だった。 「俺、変に意識しちゃうよ?」 「えっ、」 左隣に藤崎がいる。後ろは壁で、ここには滅多に人が来ない。授業中の静けさが学内を占めている時間だった。 昼間でさえ電気がついている程暗い廊下で、後ろが日差しの差し込む明るい吹き抜けなせいで、ここは随分暗いように感じる、そんな中。 隣の藤崎は義人の方を向き、自分と義人の間に右手をついた。 忍び寄った左手が頬に触れ、指で輪郭を下向きになぞってから、軽く顎を掴まれる。 「、、、な、なに、」 鼻先が触れ合いそうな距離に詰められ、すぐそこに藤崎の整った顔があった。長いまつ毛、整った形のいい眉、筋の通った鼻、薄く色のいい唇。 それから、深い茶色の目。 「佐藤くん」 あまりにも甘美な響きを含んだ声に名前を呼ばれる。ピリッ、と指先に電流が走ったように感じた。 「ち、近い、馬鹿か!!」 離れようとして藤崎の肩を押すが、どうしてだか動かない。あの日、トイレの中で抱きしめられた感触を思い出してしまう。暖かい体温も、押し返せない身体も、自分を包んでくれた腕の筋肉質な手触りも。 「ねえ」 「なんだよ!!早く、離れろよ!!」 義人は焦った。 この近さでは、この心臓の音が聞こえてしまいそうで恐ろしくて。 「昨日、俺が告白されてる時、いたよね」 そしてその言葉に見開いた目に映る、整いすぎたような顔。 怪しい光を収めた目が、茶色いそれが鈍く揺れる。感情が読めない、何を考えているのかが分からない目が義人を見つめ返している。 怒っている訳でもない。バカにしている訳でもない。 「あ、え、、」 「木の向こうにいたけど、ちらっと見えてたんだよ」 顔がまた熱くなった。それはもう死んでしまいそうな程に。 「うわ、ご、ごめん!!盗み聞きして、その、お前どーすんのかなって、思ったから、!」 「思ったから?」 すぐそこで聞こえる低い声に、ビクン、と肩が揺れる。 「その、」 追い詰められているような感覚がした。逃がしてはもらえないだろうと頭の何処かで声がする。 「なあ、佐藤くん」 触れ合う手前。すぐそこにある藤崎の唇。その距離感が義人の鼓動をどんどん加速させていく。 「な、に、、」 離れたい。怖い。 けれど振り解けない。 「俺があの子フったとき、どう思った?」 より一層強く、大きく、心臓が跳ねた。 今初めて分かった。藤崎の強い視線、この感情の読めないそれが含んだ、何かの正体が。 「なに、言ってんの、、」 「答えろよ」 茶色の目に写る義人は、潤んだ瞳で藤崎を見上げていた。 「ふじ、、さき、、?」 義人は藤崎に、今、誘惑されている。

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