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第30話「想像」

その日、作業が終わるまで義人は藤崎と必要な会話以外1度も話しをしなかった。いつもと違って目も合わない。義人が藤崎の姿を追うばかりで、藤崎はこちらを見もしなかった。 「、、、」 どうしようもない欲求が、今まで感じた事が無いそれが、脳をバカにさせているようだ。例えばこれが理性とか言う糸なのだとしたら、義人のそれは、きっとひどく脆く、切れやすい。 (馬鹿だな) あんな変な感覚に、藤崎が相手のときだけなるなんて、と額に手を当てる。少し優しくされたからと言って相手は男だ。しかも、誰か好きな人がいる。 「、、んー」 その事を考えると胸がまた苦しくなって来て、義人は誰にも聞こえない小さな声で低く唸った。 胸の中にある感情の嵐が、大きくなり続けている。 「じゃあまた明日」 「!」 気がついたときには、藤崎の最寄り駅についていた。班員全員での帰り道、藤崎が1番大学の近くに住んでいる為、1番に降りて行く。 周りにバイバイと言われながら電車を降りる藤崎に、義人も声をかけようと口を開いた。 「ぁ、」 そして言いかけて、やめてしまった。「また明日」。その一言まで、今は苦しくて言えなかった。 (馬鹿馬鹿しい、俺ばっかり) プシューー、と音を立ててドアが閉まっていく。 (からかわれたんだ) 「きもいからやめろ!お前のことなんか知るか!」。藤崎はそういう答えを期待していたんだと義人は思った。先程の藤崎は義人をからかっていただけだ、と。悪趣味にも自分が告白されていたとき隠れて盗み聞いていた義人に怒っていたのだろう、と。 閉まったドアの向こうと手前で、皆んなは手を振り合っている。 「、、、」 ゴトン、 ギシ 電車が走り出す。ドアの前に立っている義人は吊り革を掴みながら電車の床を見つめていた。けれど電車が目で追えないくらいのスピードに切り替わる、その刹那。一瞬だけ、と窓の向こうに移動した藤崎の姿を探した。 「ッ、」 ばっちりと目を合わせて、薄く笑った藤崎がこちらに手を振った。 (俺のこと、、見てた) それにまた、心臓が騒ぎ出す。 家に着いた藤崎は荷物をラグの端の方に置くと、ドス、とソファに座って背もたれに埋もれた。 意識してくれていると、今日1日で藤崎はそう確信した。近づけば戸惑い、遠ざかれば自分を追う義人の視線に気が付いたのだ。 素直に嬉しい半分、入山のあの怒りようは気になった。 「、、、」 だがやはり思い出されるのは、至近距離で見た彼の表情ばかりだった。目を泳がせたり、魅入るようにこちらを見て来たり。義人は藤崎からすれば本当に可愛くて、それでいて、澄んだ目が驚く程綺麗な人だった。 「ははは。やべーな」 あと少しで、また、キスができそうだった。理性を保たせるのに必死過ぎた自分に笑いが漏れる。人に対してあんなに物欲しそうに迫った事などなかった彼は、自分でもよくやるなあ、と少し呆れていた。 「あー、、、シたい」 あの程度の事で、あんなに困った顔をする義人。泣きそうになって見上げてきて、顔を真っ赤にして動揺していた。 だったら、自分が義人をどんな風にしてやりたいかを知ったら、彼はどうなるのだろうかと天井を見上げてぼんやりと考える。 (どんな顔するんだろう) 「、、、」 部屋の中で1人。夕飯を作るのも面倒になって、ベッドに移動して、ごろん、と寝転がる。 (もし付き合えたら、、もし、俺が佐藤くんを抱くって言ったら) 白い肌を撫でて、首筋に噛み付いて、触られた事のない場所に舌を這わせたら。 ひとつひとつ、義人がどんな顔をするのかを想像していくと、段々と藤崎自身の身体が熱くなってくる。 「あー、もう、、ご本人相手じゃないと、禁欲同然なんだよなぁ」 仕方ないか、と寝転がったまま上半身を少し起こし黒いシーツに肘をつく。ベルトの金具を外し、あまり音が響かないようにズボンのジッパーをゆっくりと下げる。それはすでに熱くなり、パンパンに膨らんでいた。 「、、、義人」 彼が隣で眠った日を思い出しながら熱い吐息を吐き出して、自分のそれに触れながら、ゆっくり上下に擦る。 切ない快感が腰を突き抜けて、段々と息が上がっていった。 「、、、、」 家につくとさっさと夕飯を食べ、風呂入る。その間中ずっと、義人の頭の中は藤崎でいっぱいだった。 「あー、もう嫌だクッソ!!」 頭の中に、キスをしそうな距離にいる藤崎が思い出されてならない。 「何で俺ばっかりこんなになるんだよ気持ち悪いなあ」 乾かした髪をぐしゃぐしゃに掻き乱してから、大きくため息をついてベッドの上に寝転がる。 何をしても今日の事が頭を離れなかった。確かにキスがしたいと思ってしまった事、触れられたいと願ってしまった事。そればかりが脳内を巡り、義人の「常識」に引っかかっては彼を苦しめる。 (相手は男、相手は男相手は男!!考えんな、一瞬間違えてそんな事思っただけだ。別に告白だって、藤崎が好きじゃない子からだったから断れて良かったな、って思っただけで変な事思わなかったし、) そうやって何度も何度も自分を説得している。 (、、キス、しそうだったなあ) あの時の、あの瞬間の藤崎の目を思い出す。真っ直ぐこちらを見てくる目に支配された瞬間を。心を見透かされたような感覚が逆に心地よく、すぐそこにあるあの薄く形のいい唇に、自分のを重ねたらどうなったのかと、じわりじわりとまた思考回路がそちらへ脱線して行く。 (どんなキス、するんだろう) 風呂上がりの身体は、それでもゆっくりとまた体温を上げて行く。 (柔らかいのかな、、藤崎の唇) もぞ、と寝返りを打ってクローゼットの方を見つめ、目を閉じる。 (ベロとか、どんななのかな) また目を開けて、今度は反対向きに寝返りを打つ。昭一郎は1階にいるようで隣からはいつものテレビゲームをしている音がしない。 (気持ち良さそう、アイツの、キスとか) 頬を撫でられたときのゾワリとした感覚が蘇ってくる。すり合わせた脚の間に、妙な感触がした。 「、、、え?」 体に違和感がある。 何を考えても、何を見ても、滅多な事では起こらない現象だ。 「う、うそ、だろ、うそうそうそ!?」 小声でそう言いながら起き上がり、思わずスウェットとパンツを右手でグッと持ち上げる。 ぐぐ、と立ち上がったそれが、ぷるん、と揺れて肌から離れ、いつもと違う大きさを主張していた。 「わ、、わ!!?」 明らかに勃起している。 「ちょ、ま、なし、無理!無理無理無理!!」 どうにかしたいのだがどうにもならない。今までの彼女にいくら求められてもうんともすんともならず、どんなに激しいキスをしても少しも反応しなかった筈のものが、今は上機嫌に上を向きたがっていた。 「それはダメだってー、、、」 座っていたベッドに正座をし直し、上半身だけ前に崩れると、ぎゅむ、と立ち上がったそれを押さえ込む形になる。 (収まれ、、抜くわけにはいかない、収まれ!!) ドクドクと熱くなり始めたものは、どんなにやめろと言っても収まらない。それよりも頭の中にまた今日の藤崎が蘇って来てしまった。 「っん、ぅ!」 そこを熱くしている相手は藤崎であり、間違いなく藤崎は男だ。友達でもあり同性でもある藤崎に欲情している自分が許せず、義人はとにかく脚の間に触らずやり過ごそうと考えていた。 そうでないと、罪悪感で死にそうなのだ。 目を瞑って、シーツを掴み、皺を寄らせながら力を強めていく。 おさまれ。 呪文みたいに頭の中で、何度も何度もそう繰り返した。 (頼むから、!!) はあ、と熱い息を吐き出す。 『どう思った?』 「っ、!!」 薄く笑ったような口元。誘うようないやらしい視線と見えない瞳の奥。藤崎の整った顔が、すぐそこにあって、キスをしそうだと緊張が指先にまで駆け巡った。 (キス、、した、い) それを思い出したら、一気にそこに、熱が集まってくる。 「っあ、!?」 久しぶりに勃起した義人の性器は過去にない程パンパンに膨らみ、スウェットでも痛いくらいになっている。 もはやうずくまっている事も痛くなり、ベッドの上で起き上がって座り直し、自分のそれを見下ろした。スウェットを押し上げて強く主張している。 「なに、これ、、何なんだよ」 泣きたくなった。 (藤崎相手に、俺はどうしたいわけ) それでも治まらない熱。 正直、あまりしたことがない行為をせざるを得なくなってくる。欲求は増すばかりで我慢がしきれず、頭の中に蘇ってくる光景や妄想を止める事もできなかった。とうとうそこに、義人は手を伸ばす。 「、、、っん、」 する、とズボンを脱ぐだけで、布とそこが擦れて甘いしびれが下肢から脳まで駆け抜ける。 「っぁ、こんな、だっけ、、?」 下着をおろすと、ズル、と出てくるもの。先程まで風呂場で見ても何とも思わなかったものの、勃ちあがって血管が浮き出た様を見ると、何故だかすごく恥ずかしくなった。 「はあ、、ぁ」 大きく息を吸って、吐いて。それから熱いそこに触れる。上下に擦ると、快感が腰を突き抜けた。 「あっ、、!」 (、、藤崎) 無我夢中で快感をむさぼり始めると手の動きが止まらなくなる。脳裏に甦るあの視線を想像するだけで、もっともっとと勃ちあがってきた。 「ハア、、ぁ、ハァ、、んんっ」 (藤崎、、藤崎、藤崎ッ) 止めようが無いくらい、藤崎の名前を呼びたくなる。隣の部屋に弟がいない事を、心の底から義人は安堵した。 「っんぅ、、ふ、じさき、、んッ、、」 小さく。本当に小さくそう呼んでしまう。 「なに、これ、、どうしよ」 呼んだだけなのに、自分の脳は麻痺して痺れていくように気持ちいい。ビク、ビク、と久々に性欲を刺激され、腰が浮くように動いていた。 「ハア、ハア、ぁ、、んぁ、あっ」 右手の親指と中指で作った輪っかを乾いた肌が引っかからないように緩く緩く上下する。先端から透明な液体がダラダラと溢れ始めた。 「んんっ、んっ」 まだイケない。イクのが少し怖い。 数年ぶりにしたきちんとした自慰行為は切なく義人の胸を締めつける。友達で抜いている背徳感が堪らず苦しかった。けれど、それでも藤崎の視線は蘇る。頬を撫でられた感触も、顎を掴まれた鼻先が触れそうな距離感も。 「ぁ、ぁ、、藤崎、藤崎っ」 ごめん、と思いながら、止まらない手を動かして、その度にビクつく腰でベッドをキシキシと小さく揺らす。自分の部屋の下が物置き部屋である事も頭に入っている。 「ぁんっ、んっ、、、んんんっ!」 情けない声と共に、ド、と出てくる白濁した液体。噛み締めた下唇。汚れた手。 一気に全身に力が入って、そうしてゆっくりと抜けて行った。 「はあ、、はあ、、はあ」 気怠いままティッシュを探して起き上がり、引き抜いたちり紙に白いそれを押し付け、丸めて捨てる。もう1枚取ると、ポンポンと紙が肌に張り付かないように精液を拭き取って、またゴミ箱に投げ入れる。呼吸音も恥ずかしくて、抑えながら息をした。 (や、ばい、、と、友達で、抜いた) スウェットとパンツを引き上げてから、やってしまったことの異常さに気がつき、義人は絶望しながら天井の木目を視線でなぞって行く。 「最悪だ、、何やってんだよ俺」 泣きたくなりながら、硬く目を閉じた。

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