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第31話「焦燥」

目を合わせられない。 顔も見れない。 「、、、、」 義人は藤崎の傍にいられない程、罪悪感を感じていた。 昨日してしまった行為から、藤崎への罪悪感と自分への嫌悪感でどうしようもならない。 午前中に同じ授業はなく、何とか違う事を考えて過ごしていた。顔を合わせる事になったのは昼食のときであり、藤崎が食堂の入り口まで一緒に来ていた滝野と別れ、皆んなが集まっている席まで寄ってくるのを見た瞬間に、ボワッと色んなものが蘇ってしまった。 「おはよー」 にこりと笑ったいつもの調子で、迷い無く空いている義人の隣の席に座る。8人席をとって、片岡と西野、義人がいた。空いているところは義人の隣以外にもあるのだが、藤崎は選んで義人の隣に着いている。 「、、、」 「おーい、佐藤くん?」 「えッ!?な、なんだよ」 追いつめられている義人の心。 そんな事を知らずに、藤崎は彼の顔をズイと覗き込んでくる。またバクバクと心臓が騒ぎだし、カッと顔が熱くなった。 (た、頼むから、聞こえるな!!) テーブルの下、膝の上でグッと拳を握りしめ、心臓の音を抑えるように身体を硬直させる。 「ボーッとしてるからさ。なんかあった?」 「別に、何でもない、!」 あったと言えばあった。それでも、絶対に藤崎に言うわけにはいかない。 「ふぅん、、?」 「、、ん、」 不満げな声で返事を返される。藤崎はそうとだけ言うと、首を傾げながら義人を覗き込むのをやめ、身体を遠ざけて行く。 藤崎と目を合わせただけでクラクラし、顔に熱が集まって来て、一気に体温が上がったように錯覚した。何より呼吸が苦しくて、義人はうまく喋れないでいる。 「おー、皆いたー!」 「あ、いりちゃーん!」 「よっ!」 入山と遠藤も来て、全員で昼食を食べ始める。 隣の藤崎に対しての想いが強すぎて、義人は普段食べている学食で1番安いラーメンの食べ方を思い出せず、一旦大きく息をついた。 緊張が限界に来ている。 隣の男は、反対隣に座っている遠藤と何か楽しそうに話していた。 「ねえねえ、佐藤くん」 「ん、なに?」 疲れたような声で、話しかけてきた片岡に返事を返す。反対隣の藤崎と喋るのとは対照的に、片岡と話すのは気が楽だった。 今の義人はとにかく藤崎から離れたがっている。 やっと友達として信頼し合えたと思っていた藤崎に対して自分が訳の分からない感情を抱き、事もあろうに藤崎を想像しながら自慰行為をしてしまった。その事実は義人の胸の中で重たく黒く濁ってしまっている。 何も知らずに義人を信用し、笑いかけてくる藤崎に申し訳なくて逃げ出したいのだ。 「あのさ、佐藤くんて英語取ってる?」 片岡の黒く大きな瞳がこちらを見上げる。切り揃えられた前髪がサラ、と揺れる様が愛らしく、今日は気合を入れたらしいいつもより少し濃い化粧も自然と馴染む可愛らしさがあった。 (普通はこう言う子を想像してするんだろうな、オナニーって、、) 「英語?取ってるけど、俺、あれだよ?今日の2限だよ?」 「それって加藤先生?」 「そうそう」 きっとこう言う子と付き合うのが「正解」なんだろうな、と義人は片岡を見つめる。 片岡は少し照れたように笑いながら、けれど申し訳なさそうに義人を見つめ返した。 「あのさ、教えてくれない?あのぉ、なんだっけ、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵のところなんだけど」 「ああ、あそこ、、俺も分かんないかもしれないけど」 「大丈夫。あの、ごめんね?」 「いいよ、別に」 片岡が手を合わせて謝ってくる。 義人は数学や理科よりも国語や英語が好きだった。特に英語は得意分野に入る。高校ではテスト前に友人達数人に頼まれて特別授業を開催する程できる方だった。 (藤崎から離れたいし、、請け負おう) 物理的に離れたいと言うより、頭の中から藤崎を消したい、に近かった。 視線をちらりと隣に向ければ、藤崎は藤崎で隣に座った遠藤と漫才のような会話をしている。女子と話す藤崎を見ると、何故かズクン、と胸が痛んだ。 「、、、」 好きな人、は誰なのだろう。もう一度聞いても、またはぐらかされるだろうか。 義人はぼんやりとそんな事を考えては、また頭の中から藤崎を振り払って消してしまう。 (関係ない、、関係ないんだ) 思い上がっている自分が恐ろしい。友達と性の対象を混同してしまう程、自分は「人との信頼関係」に飢えていたのだろうか。 誰にも分からないようにため息を溢す。細めた目でラーメンを見下ろし、いい加減箸に手を付けた。 「もうそろそろで終わりだねー」 「ねー、それ。本当にそれ」 藤崎の前の席に座っている入山が俯きながら寂しそうに呟くと、その隣の遠藤はうどんを啜りながら頷く。 「え、?」 そうか、そうだった。 「課題もさ。残すところ、今日を入れてあと3日、、寂しいなー。この班、いやすかったのに」 「確かに。終わりたくないねー」 あと、3日。 その言葉に、義人は口に入れかけていた掬い上げたラーメンをそのままに目を見開いた。 あと3日で皆と一緒のこの班が終わる。確かにそうだった。3日後には作品講評で、それが終わったら次の課題に切り替わる。 つまり、班替えが行われるのだ。 「、、、」 思わず、藤崎の方を見た。 「ぁ、」 じ、と。義人を見ていたらしい藤崎と目があった。無理矢理絡まった視線を断ち切って逸らすが、そのあまりにも不審な挙動に藤崎は小声で義人の耳元に囁いた。 「大丈夫?」 「ッ、、、」 大丈夫だろうか。 「、、清々するな、お互い」 強がった言葉に呆れたように「そっか」と聞こえた。

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