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第33話「期待」
期待してしまう自分が、醜い。
「、、、」
片付けながら藤崎の姿を視界に入れる。
4限の終わりが近づいてきている中、作業は平然と忙しなくこなされて行く。
藤崎は何も慌てている様子はなく、いつか義人に片方貸していた軍手を付け、テキパキと装飾や道具を適切な片付け方で仕舞い込んで行っていた。
義人はそんな様子をまた盗み見て、それから自分の手元に視線を戻し、ワイヤーを綺麗に束ねていく。
『言いたい事がある』
そんな言い方をされたら、誰だって変に意識してしまうだろう。
何を言われるかそのときが来るまで分からない現状に胸はざわめき、仕草は落ち着きがなくなる。
「ッ、、、くそ」
佐藤義人は「期待」していた。
(俺どうなってんの)
火照ったように熱くなっている身体を、吹き抜けから廊下になだれ込んでくる風に当て、ふう、と肩から力を抜きながら息をついた。
「あーもー、、嫌になる」
小さな声でつぶやいた。
見上げた白い無機質な天井を感情のない目で見つめ、一旦その場にしゃがみ込んだ。
『俺があの子フった時、どう思った?』
蘇るのは藤崎の言葉、台詞ばかりで頭が覆い尽くされて行く。どこを見ても藤崎、藤崎。頭からいなくなれと、ポカ、と軽く頭を拳で殴ってみても、いなくなりはしない。
(どう、って、、)
『答えろよ』
(何を、どう。言ってどうなる)
『君とキスがしたい』
(俺だって、)
頭の中で再生される声。瞑った瞼の裏に浮かぶ藤崎の表情。
ゾワゾワと胸が昂って行くと、自然と肩に力が入った。
ため息を吐きながら両手で顔を覆う。
(俺だって、キス、したかったよ)
からかいではないかもしれない。
けれどそんな期待が、頭から離れない。
教室に戻ってから、講評への最終調整は明日やるという話になった。今日の放課後は残らず解散し、明日気合を入れて臨もうと入山から指示が来た。
他の班も同じように今日は早めの解散だった。久々に顔を見た人達もいて、しばらく情報交換や雑談に花が咲く。
「佐藤くんのところずっと残って頑張ってたよね〜」
「全力出し切りたいタイプが集まってて」
「あ、そうなんだ。いいね!」
義人は久々に峰岸と話しをしていた。峰岸は変わらず穏やかで、コソッと教えてくれたのは班員の女子が結構な喧嘩をするらしく、毎回仲裁に入るのが自分だけで大変だったと言う話だった。
「、、、」
(後でって、いつ、だろう)
義人は峰岸の話を聞きながらも藤崎の事が気になり落ち着きがなかった。
見た限りはいつも通り落ち着いているのだが、頭の中は忙しなく回転し、藤崎の言葉の意味を探している。
「佐藤くん」
峰岸が帰り、他のクラスメイト達も続々と教室を出て行く。活気が去り始めた教室で帰り支度をしていた手を止めると、目の前には筆箱とノートを持った片岡がちょこんと立っていた。
「ん?」
「お、教えてもらえる、かな?今でもいい?」
「、、、」
「あ、だ、だめなら、今度でいいんだけど!」
焦ったようにそう言う。教えると言った以上、放課後になるだろうとは予想していた。授業が進むのに分からないままと言うのも不便だろうな、と義人は口を開く。
「いや、いいよ。大丈夫」
「ありがとう!」
そこでまたぐるりと教室を見回した。7号館から帰って来て荷物をまとめるところまでは一緒にいた筈の藤崎の姿が見当たらないと、先程から何度かこうしている。少し廊下を覗いても彼の姿は見えなかった。
「、、、」
「佐藤くん?」
「あ、、、あのさ、藤崎、どこ行ったか知らない?」
思い切って聞いてみると、「あ!藤崎くん探してたんだ!」と片岡はパッと明るい表情に切り替わる。
いつも通り1番窓側の列、後ろから2番目の席に座っている義人は、その前に座る片岡を見つめた。
「電話してるよ」
「え?」
「なんだっけ、女の子からだったみたい」
「、、、」
そこまで聞いて。何か嫌な予感がした。
「あかり、さんとか、なんとか言ってたかなあ」
「ッ、、!!」
あかり。
『明里ちゃん?』
その名前には聞き覚えがある。
あの白石という女子が、あの時、藤崎の好きな人はその人なんじゃないかと言っていた。
「、、、」
ドクドクと、また嫌な音がし始めた。視界が滲むような、妙な感覚がある。片岡が勉強道具を机に並べ、椅子ごとこちらを向くと義人の机に頬杖を付いた。
「藤崎くんの噂、聞いた事ある?」
「え?」
切り揃えられた前髪の間から、黒く大きな目が上目遣いにこちらを覗く。
「今、彼女いないでしょ?いろんな女の子と連絡取ってて、休みの日もすごい綺麗な子と一緒にいるんだって」
(何、、それ)
耳を傾けるべきではないとは分かっていた。けれど、義人が置かれている現状からすると揺らぐものがある。
片岡にバレないように拳を握った。力が入り過ぎているのか、フルフルと小刻みに揺れる。
「あ、でも。一緒にいる子はいつも同じ子らしいよ。すっごい美人だって」
「、、、」
「その子なのかな、藤崎くんの好きな人」
「どうなんだろうな、、やっぱ、気になる?片岡も」
嘘をつくな。
気になっているのは自分のくせに、強がるように誤魔化すように吐いた。
「あ、ううん!違うの、あの、」
「、、、」
からかわれたんだ。
きっと、藤崎が好きなのは「あかり」と言う子なんだ。
そう思うのも自信がないのも当たり前だった。義人は男だ。何度確認しても変わらない、男なのだ。恐ろしい程に感じられる自分の感情の起伏は、考えてみれば最近全て「藤崎」絡みで起こっている。
藤崎に出会う前までは、平凡で上げ下げのない平坦な日常を送っていた筈だったのに、今ではもうそれがどんな感覚だったのか、どんな風にしたら戻れるのかすら分からなくなっていた。
「佐藤くん」
「ッ!」
聞きたくて、聞きたくなかった声が義人の頭に響く。チームうな重の内数人と、他のチームが数人残っている教室はまだ少しガヤガヤと声がしていた。
「あれ、藤崎くん」
声のした方を見上げれば、そこにいるのは藤崎だった。へらへらしている雰囲気はそこになくて、ただ、真剣な目が義人を見下ろしている。
(これも、嘘、、、からかい?)
見つめる目を、フイ、と逸らしてしまった。何かが耐えられない程に辛い。義人の警戒した雰囲気に、藤崎は一度唇を引き結んでから片岡の方へ向いた。
「ごめん、片岡さん」
「ん?」
「ちょっと、男同士大事な話があるから。佐藤くん借りる」
「あ、うん。分かった、、?」
3人のやりとりを、少し離れた席に座って他のクラスメイトと話していた入山が見つめる。
「、、、ももこー!こっち来て話そーよ!」
「うん!」
「じゃあ後でね」と片岡は義人を置き去りにして席を離れていった。義人は残された藤崎とも目を合わせられず、グッと下を向いて下唇を噛む。
何を期待していたんだろう。
これから何を言われるんだろう。
「あかり」と言う名前が妙に引っかかる。義人の胸の中には嵐が起きていた。
「、、、佐藤くん」
「あ、あかり、さんと、、ゆっくり電話してくれば?そんな急がないでいい、別に俺は話す事ないし」
「え?」
強がりも義人の首を締め上げる。藤崎は一瞬目を見開き、はあ、と小さく息を吐いてから、グイ、と義人の二の腕を掴んだ。
「いたっ、」
「向こうに行って話したい」
余裕のない藤崎は、いつもの様に器用に力加減が出来ないでいる。
「だから俺は別に、!」
「いいから、来て」
「おい、、!!」
椅子から立たされ、グイグイ引っ張られ、そのまま教室から出て行く。
「お手柔らかにー!」
何かをフォローするように入山が声を掛けてきた。藤崎達に言うより、2人に注がれた視線を剥がす為に掛けられた誤魔化しの言葉だった。
「藤崎ッ!!」
腕を引っ張られながら廊下をぐんぐんと歩いて行く。藤崎は義人を振り返りもせず、ただ前だけを見ていた。
連れてこられたのは9号館の4階。他の学年が使っている筈の教室だったが、ドアを開けても誰の姿も見当たらなかった。
時刻は19時少し前。日は落ちきっていて、教室に入るなり藤崎はパチンと電気をつけ、ドアを閉め、義人を教室の真ん中の列、1番最後の席まで連れて行った。
「痛えって!何なんだよお前!」
誰もいない事が分かると、義人は藤崎の腕を振り払う。それでも藤崎は義人を放さなかった。
「ここだよ」
そう言って立ち止まり、義人の方へ振り返る。不安げな表情をしても、藤崎の美しさは損なわれない。
「な、、何が」
切なく細められた目に射止められ、義人の心臓は先程とは違う高鳴り方をする。
優しく、早く、それでも心地良いときめきが響いて、胸がギュッと締め付けられる。
「俺と佐藤くんが、初めて会った場所」
心無しか、藤崎の頬が赤い。
「え、、?」
茶色の瞳がきらりと揺れる。
ああ、そんな目で見るからだ。
(そうやって、分からない顔するから、)
掴まれている腕から、じわりと熱が体に広がって行く。甘ったるい熱は頭をぼーっとさせ、見つめて来る視線は義人をとろけさせていく。
(そう言う顔するから、俺だって、変に期待するんだよ、、)
求めてもいいのか、と、また唇を噛んだ。
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