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第37話「会議」

「なあ」 「んー?」 「お前、何で彼女と付き合ったの?」 「は?」 昭一郎は、怪訝そうな顔をしてこちらを振り向いた。 風呂から上がると両親はもう就寝しており、水を飲もうとキッチンへ入ると昭一郎が先に水を飲みながら、ケータイをいじっている。 そこで相手は誰かと聞くと、彼女と答えた。だから、試しに問うてみようと思ったのだ。 「え、なに、どうしたの」 「いや。何か、どうなのかなって?」 「え?、、えー」 ケータイをスウェットのポケットに仕舞い込んで昭一郎は少し考え込む。 「んー、、まずどしたの、兄ちゃん」 「そもそも好きって何かって言う極論に達したところなんだわ」 「ぶ!!」 吹き出して笑い始める昭一郎。確かに自分が恥ずかしい事を聞いている自信はある。友達ならまだともかく、兄弟相手にこういった話題はやはりむず痒いものがあった。 「ははははは!兄ちゃんマジでどうした!彼女いなくなってからどうした!」 「、、正直、麻子もさあ」 「ん?」 「好き、と思った訳でもなかったんだ。一緒にいて楽で、別にいいかって思って、付き合ったみたいな」 「それ、付き合ったって言うのかね」 「さあなー」 ため息をつきながら、流しの横で乾かしていたコップを手に取る。冷たいガラスの感触が風呂上がりの手に馴染んで、それを確かめながら水を注いだ。 「あーでも、兄ちゃんって、愛情表現とかできないタイプの人間だとは思ったわ」 「はあ?」 愛情表現とは何の話だ、と振り返る。ジッとこちらを見つめる昭一郎は自分専用のグラスで水を飲み、ふう、息をついた。 部活もそろそろ終わりを迎える筈の彼は、先日よりも彼女の話題に乗り気である。一時の気まずかった空気感は終わりを迎えた様だった。 「麻子さんといても無表情が多いし、最初は恥ずかしがってるだけだと思ってたけど、なんか、うん、、、いいんじゃねえの?悩めば」 昭一郎は義人と大体同じ身長をしている。さほど変わらない高さの視線をお互いに投げ掛け、久々にゆっくりと会話していた。 「まあでもさ、ドキドキして、一緒にいたいって思えて。あー、この人!って思ったら好きなんじゃん?」 「うーん、、」 「あと、他の人といて嫌だな、とか思ったら」 「んー、そうかあ」 「ああ、アイツは特別ってなったら、好きなんだよ」 「、、特別」 弟は義人よりも自分の気持ちをよくわかっている様だった。きっと彼女の事を想像している。彼は楽しそうに何かを思い出しながら、自分の思う「好き」を語り、ニコっと大人びた笑みを向けてくる。 「特別かあ」 自分にとっての藤崎は、どうなのだろうか。 「「失恋おめでとーっ!!」」 パパーンッ!! 「死ね!!帰れ!!」 アパートのドアの鍵が開いていた事を不審に思い慎重に開けば、3個分のクラッカーの音と共に2人分の嫌味が飛んでくる。 「いやー、滝野から聞いて驚いちゃった!」 楽しそうな里音は藤崎が玄関に入るなり笑いながらリビングに引っ込んでいく。 「久遠。どんまいだぜ、どんまい」 滝野も同じようにニヤつき、放ったクラッカーのピロピロと伸びたヒモをぐるぐると手に絡ませて回収した。 「お前のお宝、当分使えねえな」 「どーゆう意味だ、ミツ」 瀬尾光緒がいるのは珍しい事だった。最近めっきり付き合いが悪くなっていた幼馴染み。無表情で無愛想な顔のまま、藤崎の股間の辺りを見下ろして残念そうにそう言って去っていく。 「別に」 「あー、もういいから何か食べたい腹減った」 「はいはい」 里音がさっさと男2人を部屋の奥に押し込み、藤崎は疲れ切って玄関の鍵を締めた。散らばったクラッカーの銀紙は、見事玄関内に収まっている。 (やる気出ない。あいつらに掃除させよう) リビングにつけば、既に夕飯ができあがっていた。携帯電話で呼び出したのは滝野だけだったのだが、どうやら聞きつけた里音と光緒まで藤崎の部屋に押しかけて来たようだった。鍵は里音にひとつ持たせており、それを悪用されたと見える。 「食え食え。元気出せ!」 上機嫌な滝野がキッチンからタラコソースパスタを大きな皿に山盛りにして持ってくる。鼻歌まじりにソファに座り、ダルそうにテレビを見始めた藤崎の膝の上にポン、と皿を置く。 「可愛いからねー、義人くん。モテるよねーきっと。はいフォーク」 「うるせえなあお前本当に、、呼ぶんじゃなかったよ」 「あーん、してやろうか?」 藤崎の神経を逆撫でし、満面の笑みの滝野。 「滝野。電子レンジに入って来て良いよ」 「こんがりになっちゃいます!」 「うーぜーえー」 冷たく言うも、今の滝野にはまったく聞いていない。げらげらと笑いながら里音と喋り始め、ソファの上からラグに移動した。 「お前がフラれるなんてな」 ソファの隣に代わりにドカッと座ったのは光緒だ。取り出したタバコを口に咥え、すぐさまポケットからライターを取り出す。 「ミツ、換気扇回して」 「ん?ああ、、洋平、換気扇」 「パシルなよ。まあつけっけど」 キッチンに一番近い位置にいた滝野が換気扇を回すスイッチを押した。 髪は綺麗にブリーチされていて白に近い金色をしている。両耳合わせて7個程ついているピアスが引っかからない長さで切られているが、前髪は長めで少し目にかかる。黒とも茶色とも取れないごく普通の日本人の色の目。身長は藤崎よりも低いが筋肉のついた身体。一見にして、瀬尾光緒とはガラの悪い近寄り難い無愛想さを持った男だった。 「お前ほんとにフラれたの?」 ふぅ、と煙を吐きながら視線はだるそうにこちらを向く。 「んー、、んー」 「、、、」 作ってくれていたタラコパスタをフォークに絡ませながら、ため息を1つつく。何とも答えにくい質問に藤崎は首を傾げた。 「わからないって、逃げられた」 「あかんわ。そらあかん」 「結局答えはわからないってこと?佐藤くん、意外と振り回す派か」 里音は真剣に考え込み、滝野はううんと唸り始める。興味があるのか無いのか、光緒は黙ったままタバコを吸い続ける始末。 「、、、初めてフラれた」 「自慢か」 「今のはショック受けてる言葉だよ」 テーブルに頬杖をついた滝野に、同じように反対側から頬杖をついて藤崎を見上げていた里音が言う。 「フラれたっつーより、保留、って感じだな」 ふわ、と口から煙を出す。光緒の視線はテレビを向いていた。 「そうだよなあ」 「お前に惚れないヤツとか、男でもいねえだろ」 「俺なんなの?すごくない?」 「ハエ取りの仕掛けみたいな、、いい匂い出す食虫植物みたいな」 「佐藤くんをハエだと言いたいのかテメーは」 殴ってやろうかと睨みつけると、相変わらず悪い目つきで逆に見返される。釣り上がった目元は彼の父親には全く似ていなかった。 「自信無くしてんじゃねえよ。たった一回フラれたくらいで」 光緒は藤崎よりも恋愛事でのごたつきが多く、その事でいつも周りに迷惑をかけている。人の女を取るなどという事は日常茶飯事であり、何度か相手の交際相手と暴力沙汰になった事もあった。 「そうだよな。何回でも頑張ろう」 隣に百発百中ではなく、とにかく数打って当てに行っている男もいる事だ。めげずに挑むしかない。 「うんうん」 「俺もう帰りてえ」 「待てよ光緒ー!久々なのにー!」 「洋平、離れろ。うぜえ」 藤崎は自分の手を見下ろした。義人に振り払われ放してしまった手だ。 (、、、佐藤くん、逃げないで) 恐れる事も、拒否する事も、結局最後は彼自身の選択であり、それを尊重する気持ちはある。 けれどあんな風に苦しそうに、辛そうに表情を歪めるのなら自分を見て欲しかった。 本当の拒絶と違うなら、諦めきれないと思った。 (俺を見て) 次こそは、絶対に放さない。

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