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第38話「選択」

また、藤崎を避けていた。 誤魔化すように藤崎を責め、逃げ出した昨日の傷が痛む。 迷惑だろう、顔も見たくないと思われたかもしれない。 けれど何より、1番自分の心が分からないのは義人自身であり、それに彼は苦しみ続けていた。 「、、、」 2限をサボり、義人は1人で学内の図書館へ来ていた。 誰もがそうだが無論、きちんと単位は取れるように計算している。 ここでならひとり、静かに藤崎との事を考えられると思った。 夜から雨になると言う空は、そうとは思えない程に快晴だった。傘を極力持ちたくない義人は降らないと言う自分の予感任せに折り畳み傘すら持たず家を出て来た。 ガラス張りの窓側にある2人掛けの席を取り、テキトーに選んできた本を机の上に置く。パソコンが使える席などもあるが、今の義人の目的は調べ物などではなくゆっくりぼーっとする事だった。 (3限から藤崎と一緒か) 3、4限はグループ課題の授業が入っている。残された確認作業と発表の手順のおさらいしかやる事もなく、きっと今日も4限で解散になり放課後は残らなくて済むだろう。 窓の外を眺めると、遠くの空が少し影っている。 (降るかな) 降ったら降ったで購買で傘を買えば済む。近くのコンビニに駆け込んでもいい。 義人は本は開かず机に頬杖をついてじっくり窓の外の景色を眺める事にした。 「、、、」 例えばただ単に、「告白」された事が嬉しかったのだとしたら、義人のこの胸のときめきは嘘になる。 モテたと感じた事がない義人が、あの藤崎久遠から「告白」された、と言う事実は下衆な言い方をすればポイントが高いのだ。周りの女の子達が望んでも望んでも手に入らないものを手に入れられる立場にいる。それに優越感を感じて自分はずっと胸が高鳴っているのではないのか。 義人はそれを悩んでいる。 (嬉しかった、は、どこへの嬉しかった、なんだろう) 藤崎久遠と言う人間の特別さへ向けられたものなのか、こんな自分でも誰かに「告白」されたからなのか、それともあるいは、 「、、、わかんねえなあ」 座っている2階の席、その隣の窓ガラス。その向こうには足元より下に数人の生徒がたむろしており、肩を寄せ合う男女が目に映る。 まだまだこちら側の空は晴れていたが、どうにも雲の動きが怪しい。 「あ、あの」 「?」 自分に話しかけられたな、と察した義人が窓から目を離して反対側を見上げる。 「、、片岡」 ちょこんと立っていたのは片岡ももこだった。今日は長い黒髪を綺麗に三つ編みにし、お下げにしてそこにいる。潤んだ瞳が、きゅる、と揺れて義人を映していた。 「お、おはよ、あの、」 「おはよう」 (そう言えば、昨日英語教えずに帰ったんだった) 頬杖をついたまま見上げる彼女はどこか自信がなさそうに、申し訳なさそうに自分のリュックを胸に抱き締めている。 「あのさ」 「勉強、教える?今大丈夫だけど」 「いいのっ?」 そう聞くと、彼女はパッと明るい笑みを見せる。 嬉しい、と顔に書いてあるような仕草に思わず少し笑いが漏れる。 驚く程に片岡は普通の女の子で、入山や遠藤の様な男勝りも癖もない。 「あ、それと、放課後もいいかな?今日、大丈夫?分かんないとこ増えちゃって」 「ああ、うん。作業なかったら平気」 そう言うと、ニコ、と笑ってくれる。 答えが出ない今、藤崎を避ける理由が欲しかった義人は一旦考える事をやめて日常に戻る事にした。 「じゃあ、教えてください」 「ん」 椅子を隣に寄せ、リュックから教科書を取り出した片岡と並ぶ。2人用の机に、女の子と2人。 余計な香水などを付けていない片岡の隣は甘いシャンプーの香りがした。 普通ならこういうのでも、ドキドキするもんなんだろうか。そんなことを考えながら、義人の時間が過ぎて行く。 「もうお昼だね。行こうか」 片岡がそう言って勉強道具を片付け始めると、義人は一瞬ギクリとする。 行こうか、と言うのはこの図書館から5分ほど歩いたところにある11号館A棟の食堂に、いつも通り皆んなと昼食を取りに行こうと言っているのだ。 「残りは放課後だな」 「うん、ありがとうね!」 「全然いいよ」 片付けをする片岡を眺めながら、暫し考える。ここからなら5号館の方が近い。藤崎と一緒にいる時間を極力減らしたい義人としては、食堂ではなく5号館の売店でパンを買ってその辺で食べ、昼休みを誤魔化したかった。 「、、俺、今日購買で何か買って食べるわ」 「え、、どうしたの?」 きょとんとした顔がこちらを向くと、ぐっと義人は口ごもる。片岡の顔は少しチワワに似ていた。 「佐藤くん?」 「え?あー、えーと」 口が裂けても、藤崎に告白されて気まずいとは言えない。 入山は口外する心配性がないが他の子達は分からないうえ、女の子に告白したわけではないのだ、あまり広めるべきではない。 藤崎の為にも、義人はそう理解していた。 「藤崎と、喧嘩してて」 「そうなの?」 「だから、悪い。後で、」 「私も行く」 「え?」 振り返れば、チワワみたいに大きな目で立ち上がった義人を見つめる片岡の姿。 「行っても良い?」 見事に潤んだそのチワワの様な小動物の様な瞳に彼は少し弱かった。 「ああ、うん。どうぞ」 そう言うと、隣に並んで、歩き出した。 「佐藤くんは?」 「片岡もいないんだよねー」 「2人とも購買行くって」 遠藤が携帯を眺めながらそう言うと、藤崎は一瞬で眉間に皺を寄せた。 「え、なに、その怖い顔。どしたの?」 「え!?あ、、佐藤くんと、喧嘩してて」 「ええ!?」 西野は驚いてテーブルについたまま藤崎を見上げた。 「仲直りをと思ったんだけど、いないかあ」 「そのうち来るでしょ」 入山は動じた様子はなく呆れた様に藤崎を見つめ、自分の隣の空いている席を引き、座面を叩いてここへ座れと藤崎に促した。 「待ってあげなよ」 全て察したような顔だった。 考えてみれば、昨日あの後教室に戻ると片岡と他のクラスメイトはいたが先程までそのグループの中にいた入山の姿はなかった。 察しの良い彼女の事だ。自分が彼に何を言ったのかなんてものは、大体検討が付いていたのだろう。 (せめて顔が見たかった) この後の3、4限で強制的に会う事は分かってはいるが、そうではなくもう一度だけ話したかった。 このまま逃げられてこのグループ課題が終わるのも納得がいかない。 (話したかった) 考えて考えて考えて、段々と落ち込んでいく義人の姿が頭をかすめていく。 義人は自分を責め、追い詰めていく癖がある。 自分の欲求に従い、何をも怖がらずに求める藤崎とは違う人種だった。 その壁を崩したかった。 「藤崎くん」 他の皆んなは食券を買いに行き、入山と藤崎だけ荷物を見ておく為に残っていた。 「大丈夫だから、待ってあげなよ」 「、、うん」 違う、心配なんだ。自分が選ばれない可能性が、怖くて仕方ない。 そばにいて落ち着いて、もう一度聞いて欲しかった。 救われない程、君が好きな事。 感じた事がない程、君が好きな事。 絶対に、誰にも渡したくない事。 絶対に、幸せにする事。

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