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第42話「勉強」

「ふー、、あれ、何見てんの?」 「っ、、ん、何か、動物のやつ」 2人で夕飯を食べ終え、藤崎が風呂に入ってあがり、乾かし終えた少しボサッとした髪で脱衣場から出てきた。 義人の服は下着以外がずぶ濡れで、ズボンには走ったせいかはねた泥が裾についており、有無を言わさず藤崎によって洗濯機に突っ込まれて今ぐるぐると回っているところだった。 先程乾かし終わった義人の髪もサラサラのぺったんこになっている。やめろと言ったのだがこれも拒否権を剥奪され、藤崎の手で丁寧に乾かされた。 「明日で最後だな」 藤崎を待つ間、絶対に割らないと約束して使った食器は義人が洗って片付けた。 こんな時間から始まった動物番組は、視聴者から驚いた自分の家の愛犬、愛猫の動画を集めたと言うものだった。 「あー、そうだった」 どす、と隣に藤崎が座る。 2人きりの藤崎の家で、晴れて付き合い始めた2人。義人は藤崎が何かする為に動く度、ピクっと身体を一瞬反応させていた。 「長かったような。短かったような」 「んー、短く感じる」 「あ。知ってる?佐藤くん」 「え?、、って、なに!!」 ズイ、と近くに迫る顔。 「俺たち。4月マジックだよ」 「4月、、あ、確かに」 5月手前。あと1日で今回の課題が終わる。良くも悪くも評価が付き、この1ヶ月頑張った作品を壊してゴミ回収場に持っていってお終いだ。 詰め込まれ過ぎた1ヶ月。始まった大学生活がまさかこんな形になろうとは義人は全く想像しておらず、藤崎は何とか描いた通りになっていた。 「、、、」 思い返すと、はやり長かったかもしれない。初めは本当に藤崎を嫌っていた義人からすれば、自分のこの心の代わりようは面白いくらいだった。 「で」 「ん?」 ソファの背もたれに肘をつき、身体ごとこちらを向いた藤崎はニコリと笑って左手で義人の手をギュッと握り、詰め寄った。 「え?なに?」 「今日、泊まってくよね?」 「え?」 ニッコリと優しい笑顔で手をすりすりと撫でられているのだが、義人としてはそれら全てが恐ろしかった。 (なんだこの無言の威圧、、) ニコニコニコニコニコニコニコニコニコ。 崩れない笑顔が、そのまま義人に迫ってくる。 「なんだよ、気持ち悪い」 「んー?いやー?」 「何だよ!!」 「だって、わざわざ告白する為に部屋まで来てくれたんだしさ」 手を掴んでいた左手は、いつの間にか義人の頬をむにっとつねってくる。 (意外とずっと俺に触ってたいんだなあこいつ) もっとクールに付き合う藤崎を想像していた義人は、楽しそうに自分に触れてくる彼を見てどこか少し頬が緩む。 「俺としてはもう、全部オッケーなのかと思ってて」 「はっ、、?」 そしてその言葉に、可愛いだけでは済まない恋人の性癖を思い出した。 「ハグも、キスも、その次も」 「その、次って」 「だから、セックスも」 (セックス、、、?) ぽか、と口が半開きになる。 むにむにとつままれ続ける頬はそろそろ伸びてしまいそうだった。 「飯も食ったし、風呂も入ったし」 ずず、と藤崎が義人との間合いを詰める。 腰に巻き付いた両腕と、すり、と首筋に埋もれる彼の顔。 「セックスしたい」 義人より明らかにそう言った事に慣れた男。高校へ入る直前に不本意ながらも童貞を捨てた事は知っている。 (セックス!?) やっと藤崎が言っている事に頭が追いついた瞬間、腰の少し上の肌を藤崎にさすられ、ビクンッと義人の肩が跳ねた。 「ま、待て、待て待て待て、早い流石に!!」 まだ怖さが勝っている義人は力一杯に自分から藤崎を引き剥がし、両肩を掴んで落ち着かせる。 「お、俺は、そういう気は、なくて!!」 「何で?」 「何でもかんでもあるか!!だ、大体、お前も知っての通り、お、俺は童貞、で、」 「だからいいんじゃん」 「嫌味!?」 「違うって。あのさあ。好きな子がまだ誰ともセックスしてないなんて、これ以上嬉しい事ある?」 「ある」 「ああ、そう。でもね、今の欲情しきってる俺にとっては、それ以上に嬉しい事なんてないの」 「っ、、よ、欲情って、お前なあ俺、男なんだけど」 ポンポン、と藤崎の肩を叩いた。 「だから?」 はあ、とため息をついてから、藤崎が真剣な顔でこちらを見てきた。ジトっとして少し呆れた目だ。 「男の佐藤くんが好きなんだよ」 「あ、、」 その声の低さや態度から、傷つけた、と瞬時に理解する。 「だったら、男の佐藤くんに欲情しても全然おかしくないだろ」 「、、ん」 義人は恥ずかしいばかりだったが、藤崎にとっては至極当たり前の台詞だった。 「俺は佐藤くんとセックスしたい」 ううん、と義人は唸った。 確かに怖くもあるけれど、確かに触りたくもある。藤崎と言う人間に。 「んー、、」 他の誰かが見た事のある、触った事のある身体。それに自分が触れた事も見た事もないと言うのは、少なからず面白くない。 悔しさや焦りも浮かぶし、何より興味はあった。 「やり方とか、よく、、」 「大丈夫」 「え?」 ぎゅ、と義人の両手を握り、胸の高さまで持ち上げる。手のひらと手のひらを合わせ、両手とも指を絡ませる。 「俺はずっと佐藤くんが好きだったんだよ。もちろん今も。だから、男同士のやり方くらい、ちゃんと調べました」 「なッ!?」 ねー?と言いながら手をにぎにぎと揉まれた。 「お前どこに情熱かけてんの、、!?」 「だってヤりたいし」 「お前にはヤること意外頭にねえのかよ!!」 「あるよ?」 「ああ!?」 「佐藤くんと手を繋いでデート。佐藤くんと料理を作る。これはもう叶ってるか。佐藤くんと勉強会、佐藤くんと教室デート、佐藤くんと夜景見に行ったり、佐藤くんと旅行行ったり」 「ッッ!!」 ニヤリと大人びたムカつく笑みが見えた。 欲情しきった、と自分で言ってはいたが、確かに妙に色気の籠った視線を先程から義人に向けてきている。 男同士と考えるとやはり重たくなってしまう義人の心と違い、藤崎は当たり前にする様々な事を考えていた。 その当たり前と言う態度と考え方に、義人も少しずつ肩の力が抜けていく。 「俺は、」 「怖い?」 これから先、2人で何をしていくのだろう。 義人はそれを考えた事がなかった。 「わかんない、から、、セックスとか、考えた事なかったし、、でも、できるなら、してみたい気もする」 「俺と勉強しようよ。俺も、男相手は初めてなんだし」 「、、うん」 「それは、了解、ってこと?」 俯いた顔を、覗き込まれる。 整い過ぎたくらいの良すぎる顔は、嬉しそうに緩く笑っている。その視線を浴びるだけで、体中が痺れるように甘くなって溶けて行く。 「う、」 「怖かったら、また今度にする」 別に嫌そうでもなく、藤崎はコツン、と義人の額に自分の額をぶつけた。 「うん、ゆっくりでもいいな。佐藤くんとなら、佐藤くんのペースでいきたい」 「、、、」 特別なんだ、と思った。 大切に大切に触れてくる手から愛しさが伝わってくる。 男同士なんて関係なく、藤崎にとって義人は特別大切な人間なんだと、義人自身に痛い程伝わってくる。 硬い皮膚が解けて行くように、眠気のような安心感があった。 「キスだけしてもいい?」 「ん、」 スリ、と鼻同士を擦って、唇が重なる。軽く下唇を吸われて、それが合図のように少しだけ口を開くとまた舌が絡んできた。 「んん、、」 甘くて切なくなる。腰を強く抱き寄せられ、上から押さえ込むようなキスが続くとまた息が追い付かなくなった。 「はあ、んっ」 時折り舌が解けると、藤崎はわざと少しだけ息を吸わせてまた口を塞ぐ。 そんな事が繰り返されて、義人の身体は段々と熱くなって行った。 (キスがこんなに気持ちいいなら、セックスってどんなだろう) ぼんやりした頭で考えると、下手に興味が出て来てしまう。 「ずっと待つから、毎日こうしていい?」 ぐっと静かに肩を押され、ソファに倒れ込む。 上に乗った藤崎に腰を撫でられながら左手を押さえ込まれ、縋るように残された右手でTシャツを手繰り寄せた。 「んんっ、」 返事すらまともに出来ない程、何度も執拗にキスをされる。 (ヤバい、勃った) 藤崎から借りたスウェットを押し上げて、義人の下半身に熱が集まって行く。そこに上から覆い被さっている藤崎が、無意識に腰を擦り付けて来た。 「ッ!!」 ぐり、と当たる藤崎の熱に義人の肩が跳ねる。一瞬だけ下肢を突き抜けた電流が、ジワジワと脳に登って来ていた。 (勃ってる、、藤崎まで、何で) 何故、と言う疑問はすぐに消えて行った。 自分がそうなっているのだから、藤崎がそうなる事も当たり前なのだ。 (セックス、) 怖いか?と聞かれると、今はそうは思わなかった。 こんなに気持ちいい事よりも、もっと気持ちいい事がある。下半身に触れる藤崎の熱を、自分も見て、触ってみたくなった。 (してみたい、なあ) この暖かい体温に直接に触れたい。抱きしめ合って、全身で藤崎を感じたい。 出来る事なら、溶け合ってひとつになってみたい。 「ねえ、いい?いいよね、佐藤くん」 「んふ、んっ、、はあ、」 返事なんてさせる気もないくせに、藤崎はしつこく聞いてくる。 想っているのが自分だけではないと確認したいのか、余裕はなく、苦しそうだった。 「待、って」 「ん、、、ごめん」 グッと身体を押し返すと、やっと少しだけ離れて呼吸が戻ってくる。 「藤崎」 はあ、と息を何度か繰り返し、とろんとした目が藤崎を見上げた。 「ん、、?」 「勉強するなら、、早く、覚えときたいんだけど」 「、、え」 藤崎の首の後ろに右手を回し、ゆっくりと頭をこちらに引き寄せる。 コツ、と額が当たり、次にすりすりと鼻先を鼻先でくすぐって、小さな声で呟くように言った。 「セックス、、早く、覚えたいんだけど」 それは消え入りそうな声だった。

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