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【2】いきなり、アサインされました!……③
週明けの月曜日、オフィスに向かうと同期のアソシエイトに声を掛けられた。エントランスに設置されているカードリーダーにIDカードをかざした後、二人並んで専用のエレベーターに乗る。
「おまえ、もう大丈夫なのか?」
「ああ、点滴したら治った」
「にしても、災難だったな。いくらクライアントの頼みとはいえ、着ぐるみに入って踊らされるなんてな。何が少数精鋭のプロフェッショナル集団だよ。これじゃ、そこら辺のブラック企業と変わんねぇよな」
「かもな。けど……アソシエイトはそもそも社畜だし」
「まあ、そうだけどさ」
EKコンサルティングの日本支社は丸の内の複合オフィスビルの中にある。四十三階建ての二十五階より上が本社で、下のフロアは外資系の証券会社が使用している。間にコンビニやレストランなどの商業施設が入っており、社割が利く店が多いため、陽向は時々、利用していた。
清潔でセンスのいい内装が施されたエレベーターは三十階を過ぎたあたりで空気が変わる。気圧の変化で耳がツンとするのだ。陽向はこの瞬間が好きだった。
――よし、今日も頑張るか。
ゴクリと唾を飲み込んで耳の違和感を取り払う。
自分の体がコンサルタントに切り替わったのを感じながら、三十五階で降りた。
「おはようございます」
「おはよう」
すれ違うコンサルタントと挨拶を交わす。今日はどこに座ろうかと考えた。
コンサルタントは全てプロジェクトで動く。一般の企業のような部や課といったソリッドな枠組みで仕事をしたりはしない。ディレクターと呼ばれる部長クラスの人間がプロジェクトの総責任者となり、営業で自ら仕事をぶんどってくる。その仕事を周防のようなPM が回し、陽向の立場であるアソシエイトがフォローする。アソシエイトは影の実務部隊だ。どんな些細な仕事でも文句を言わずにやる。
新しいプロジェクトが立ち上がるとディレクターが会議を重ね、誰を任命 するか決める。人員が決まるとそのメンバーで一つのプロジェクトが完遂するまでチーム一丸となって頑張るのだ。
たとえるならば某ミュージカル劇団のようなものだ。団員はサラリーマンだが演目によってメンバーや仕事内容が変わる。公演は二ヶ月の時もあれば一年以上のロングランもある。常設公演はもちろん客演や海外公演もする。一つの演目 に集中している団員もいれば、掛け持ちしている団員もいる。そんな感じだ。
「あれ、もういいの?」
突然、声を掛けられる。振り返ると、この間までのプロジェクトリーダーだったPMの向井が立っていた。
「あの……東洋製薬の記念祝賀会のことなんですけど、あの後、大丈夫でしたか?」
「あれ、周防から聞いてないの? 入中が倒れたことも、救急車で運ばれたことも、あっちの上層部にはバレてないよ。周防が上手くやってくれたし、おまえもぎりぎりまで踊り切ったからな。まあ、とにかく無事でよかったよ。もう、顔色もよさそうだな」
「はい」
「そうだ、入中は次のプロジェクトにアサインされてるの?」
「いえ、まだです。しばらくアベってる予定ですが」
「いいねぇ。有給でも取るの?」
「まだ考えてはいません」
「そうなんだ。また一緒に仕事できるといいな」
「はい。お世話になりました」
陽向が頭を下げると、向井はじゃあと手を上げてフロアの奥へ消えた。
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