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【2】いきなり、アサインされました!……⑤

 とりあえず気分を落ち着かせようと、陽向は定期購読しているコンサル業界の情報誌を開いてみたが文字が頭に入ってこなかった。時計を見ると十時で、地獄のカンファレンスまであと七時間あった。  ――気分を変えよう。  陽向はフロアを出てエレベーターホールへ向かった。残り少ない貴重なアベを一人で噛み締めたかった。  エレベーターに乗り込み、ドアが閉まろうとした瞬間、大きな手が見えた。中に人が入ってくる。上等な香水の匂いがして、顔を見ると周防で驚いた。 「すまない」 「い、いえ」  逃げたのになんで追い掛けてくる、この鉄仮面。マジで怖いわ。  いや、追い掛けてきたわけではないだろうが、俺はおまえから逃げたんだと、思わず口走りそうになる。陽向が目を逸らすと周防の方から声を掛けてきた。 「これからどこへ行くんだ?」 「……あ、えっと、ちょっと早めのランチでもと思いまして」 「奇遇だな。俺もランチだ」 「…………」  目が合う。五秒ほど見つめあった。  なんだ、これ。  ランチのお誘いだろうか? 気まずいし、そうだとしても断りづらい。  早々とランチ宣言を撤回してフロアに戻ろうか。  周防の目力は強力で視線を逸らせなかった。蛇に睨まれた蛙だ。今日の陽向はピヨたんを被っていない。裸眼で勝負するしかなかった。 「どうした?」 「うっ……」  よくよく考えたら、東洋製薬の祝賀会で倒れた時、助けてくれたのはこの周防だ。次のプロジェクトで世話になるということは、しばらくの間……最低でも二ヶ月は一緒に仕事をしなければいけない。今後のことを考えるとここは穏便に済ませた方がいいと思った。  たかがランチだ。  二十四階のカフェテリアで五分で食って戻ってこればいいのだ。 「カンファレンスの前にお互い気心が知れた方がいいな。一緒にどうだ?」 「あ、はい。よろしくお願いします」  二十四階のボタンを押そうとすると手で遮られた。一階のエントランスフロアのボタンを押される。 「近くにいい店がある。一緒に行こう」 「え?」 「忙しいのか?」 「いえ……」  十七時まで暇なのはバレバレだ。  周防が乗っているとお洒落なエレベーターがさらに高級なものに思えた。行き着く先が天国なのか地獄なのか分からなかったが、陽向は流れに任せることにした。  エントランスを出て、丸の内の仲通りを歩く。欅の緑が鮮やかで綺麗だ。まだ早い時間のため、ランチに急ぐサラリーマンやOLの姿は見えなかったが、ちらほらとスーツ姿の男性が歩いているのが見えた。 「あの、この間はありがとうございました」 「この間?」 「倒れたところを助けて頂いた上に、病院まで付き添って頂いて。本来であればPMの向井さんの仕事でしたが」 「一番近くにいたのが俺だったからな。構わない。とにかく無事でよかった」 「すみませんでした」  これで一つ終わったと胸を撫で下ろす。後は次の仕事(プロジェクト)をよろしくお願いしますと言えば、全て終わりだ。円滑な人間関係、円滑なコミュニケーション。そこに笑顔を少し。 「おっと、危ないな」  横断歩道を渡っていると突然、黒のセダンが左折してきた。周防が陽向の体を守るようにガードしてくれる。その後も周防は陽向を歩道側へ促すように並んで歩いてくれた。  ――なんか調子が狂うな。俺の知ってる周防じゃない……。  根は優しい男なのかもしれないが、周防は無駄にスペックを余らせた超絶エリートの堅物なのだ。同じコンサルタントであっても同様の共通言語を持っていない。  今も高そうなスーツを身に纏い、サイドベンツの入ったジャケットをヒラヒラさせながら大手町に向かって歩いている。トム・フォードだろうか。カタギが買えるスーツじゃない。後ろ姿はヤクザの幹部か海外サッカークラブチームの監督だ。

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