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【2】いきなり、アサインされました!……⑥

「どうかしたのか?」 「……いえ」  陽向は無言のまま周防についていった。  周防が案内してくれたのは商業施設が入ったビルの十八階で、ガラスの窓から東京駅が一望できる店だった。脚の高い椅子に並んで座り、ふと前を見ると、大きな窓に二人の顔と東京駅が反射していた。煉瓦の駅舎の上に広がった空は青く澄んでいる。夏だと思った。 「通常のランチでいいか?」 「あ、はい」  周防の勧めでそれぞれ違うランチセットを頼んだ。  景色を眺めながらぼんやりしていると不意に横から腰をつかまれた。 「えっ!」  驚きのあまり変な声が出る。周防は気にすることなく陽向の腰を椅子の中央に移動させた。 「脚がぶらぶらしていて危ない。ちゃんと真ん中に座れ」  ――って、おまえは俺のお母さんかよ。  ついでのように曲がったスーツの裾も直してくれる。  変な世話の焼かれ方に動悸がした。やっぱりこの男は苦手だ。表情が読めないし、意図が分からない。 「は、はは。周防さんと違って、俺は脚が短いんで」 「そのようだ」  わ、そこは否定しないんだと驚く。  嫌味なのか素直なのか分からない。なんなんだこの男は。  どうやってこの時間をやり過ごそうか考えていると、周防の方から話し掛けてきた。 「ピヨ……入中は何センチある?」 「あ、俺の身長ですか? ええと、百七十センチくらいですかね」 「そうか。俺より十五センチ低いな」 「……はい」 「その髪と目の色は天然なのか?」 「え? あ、はい。そうです」 「純粋な日本人か?」 「そうです」  急に向かい合っての尋問が始まってビビる。なんだ、この会話。取り調べかよ。  目の前の周防には麻薬取締官(マトリ)か税関職員のような雰囲気があった。次はポケットの中身を尋ねられそうだ。脅されるより前に中身を全部、出した方がいいのだろうか? 「綺麗だな。アイルランドかスコットランドの少年みたいだ」 「へ?」 「どちらも綺麗な色をしているな、と言っている」 「あ、はい」  周防は真っすぐな黒髪で瞳も漆黒だ。腹の中身もブラックそうだが、それは黙っておいた。反対に陽向の髪と瞳は赤味の入った薄茶色をしている。確かに日本人には珍しい色なのかもしれない。瞳が大きく、髪がクルクルの癖毛なので、子どもの頃はよくハーフに間違えられた。 「ダンスが上手くて驚いた。昔からやっていたのか?」  ダンス?  プロジェクトの打ち上げで踊ったことはない。そもそも周防と同じプロジェクトになったことはないのだ。コンサルタントはユニットで動くため、一度、仕事で親しくなった相手でも会わない時は何ヶ月も会わない。  ピヨたん音頭のことを言っているのだと気づいて、陽向は慌てて頷いた。 「あの、恥ずかしいんですけど、子どもの頃、劇団に所属していた経験があって、歌とダンスは得意なんです。今はもう踊ったりはしませんけど」 「劇団……そうなのか、なるほどな。納得した。あのピヨたん音頭にはキレがあった。リズム感も抜群で、お尻フリフリも健気で最高に可愛……いや、とにかく素晴らしいステージだった」 「はあ……」 「皆、喜んでいたぞ。クライアントのために必死で頑張る姿にも心を打たれた。どの客層(セグメント)にもウケる、独自の洞察(インサイト)を軸にアウトプットされた、バリューの高いピヨたんダンスだった」  ちょっと意味が分からない。褒められているのだろうか?  低い声と冷静な表情。それに石の目。いや、違う。石にされそうな目だ。周防は話していても顔の筋肉がほとんど動かない。動くのは瞬きだけだ。  マジで生きてんのかと思ったが、クライアントの信頼が厚いのはこの冷静な顔のおかげだろう。威圧的すぎないが、理由もなく逆らえない雰囲気があり、自ら従いたくなるような信頼性とカリスマ性があった。

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