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【2】いきなり、アサインされました!……➆

「大学卒業後にそのままEKに入社したのか?」 「そうです。学卒入社でアソシエイトから始めて、今年で三年目です」  コンサル業界では新人のことをアソシエイトやアナリストと呼ぶ。能力によって呼び名が変わるシビアな階級社会で、新人がコンサルタントと呼ばれるようになるまでには数年掛かるのだ。 「周防さんは日本の大学を出た後、ハーバードビジネススクールでMBAを取得されて、外資の戦略系ファームにいらしたんですよね」 「そうだ。二社で経験を積んだ後、EKにハンティングされた」 「凄いですね」  どうせマッキンゼーやボストンコンサルティング、ベインアンドカンパニーなんかにいたのだろう。すげーな。そこそこの私大で満足してチャラつきまくっていた自分が恥ずかしくなる。 「凄くはないがこの仕事に誇りを持っている。全てのものにバリューをつけるのが俺の仕事だ」  バリューとは価値のことだ。  コンサル業は0を1にする仕事ではない。今あるものの価値や評価をインパクトのあるものに変化させるのが重要な役目だ。バリューが出せないコンサルタントは、役立たずの烙印を押されてすぐにお払い箱になる。  その後も色々、訊かれたが、磁場が違いすぎて会話の中身が入ってこなかった。褒められているようなニュアンスを感じなくもなかったが、一対一で尋問されている気持ちが拭えなかった。とにかく圧が凄い。この取り調べがいつ終わるのかと思っていると料理が運ばれてきて、陽向はホッと胸を撫で下ろした。  ランチのメインは鳥料理で周防は鴨を陽向はチキンを頼んでいた。焼き立てのパンは食べ放題で数種類のディップをつけて食べられる。アスパラのサラダとマッシュルームのスープも美味しそうだ。 「いただきます」  まずはしっかりとしたバゲットを食べる。表面はパリパリ、中はしっとりで甘味があって美味い。ジャムやオリーブオイル、レバーのパテを塗っても美味しかった。パンは大好きだ。  無言でむしゃむしゃ食べていると、周防が半分に切った鴨を陽向の皿に置いてきた。 「え、あの、これ……周防さんの分がなくなっちゃいますよ?」 「構わない。もっと食え」 「ですが――」 「子どもみたいな顔で食うんだな。面白いぞ」 「はあ……」  陽向は仕事が激務な分だけ、日常の中に現れる些細な幸せを積極的に見つけようと思うタイプの人間だった。朝、部屋を出た時の風が気持ちよかったとか、何気なく入ったラーメン屋が激ウマだったとか、街を歩いていたら懐かしい匂いがしたとか、そんななんでもないことにもきちんと感動するタイプだ。それが面白いのだろうか?  確かにこの店のフランスパンは美味かった。 「じゃあ、これを」  陽向がチキンを半分に切って周防の皿に載せると、周防は意外な顔をした。 「凄く美味かったんで半分こで」 「ああ」 「周防さんもたくさん食べて下さいね」  周防はナイフとフォークを綺麗に使ってチキンを食べた。その姿を眺めながら陽向が微笑むと、周防の耳の付け根がほんの少しだけ赤くなった気がした。お返しの半分こが嬉しかったのだろうか?   けれど、表情や声のトーンに変化はなく、やっぱり気のせいだと思った。

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