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【3】裏の顔はオカン系男子!?……⑥
「俺が今まで周防さんのプロジェクトにアサインしてもらえなかったのは、アソシエイトとして認められていないからだと思っていました。俺は周防さんのように外資の戦略系ファームで働いた経験はありませんし、大学も普通の私大ですし、仕事は全力で頑張っていますが……存在が遠いなと。ずっと憧れてはいましたけど、階級も違いますし、正直、怖かったです。今も怖いですけど、こうやって優しくされると混乱してしまいます」
「俺は別に優しくないぞ。プロジェクトが進めば分かる。覚悟はしておけ」
「……はい」
確かに噂では部下のアソシエイトが一生懸命作成した資料 を無言でシュレッダーに掛けたと聞いたことがある。アソシエイトはプロジェクトに入ると、百枚を超えるボリュームの資料を連日徹夜で作成する。それを出来が悪いからといってシュレッダーに掛けられたらたまったものじゃない。せめて、溶解用の段ボールに入れるという温情が欲しい。
陽向がビクビクしていると周防が靴下を履かせてくれた。そのまま革靴も履かされる。一から十まで手際がよかった。
「もう痛くないか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ピ……入中とこれまで一緒に仕事をしなかったのは、ただタイミングが合わなかっただけだ。そこに特別な意図はない。仕事で困ったことがあればいつでも助けるつもりでいる。やる気のあるアソシエイトのためなら労力を厭わない。人を育てるのもPMの仕事だからな」
「あ、ありがとうございます」
衒いのないストレートな言葉に男気が見えて、やっぱりいい上司だなと思った。
なんだろう。
急激にやる気と勇気が湧いてきた。
周防に認められる仕事がしたい。アソシエイトとしてPMを支えるような立派なバリューを出したい。なんとしても、この男に褒められたいと思った。
やるぞやるぞと気合いを入れていると、周防から頭をなでなでされた。
――なんか癒されるな……。
多分、検品終了の合図なのだろうが、心がじわりと温かくなった。嬉しくて、飼い主に褒められた犬みたいにもっと撫でてと頭を突き出しそうになる。
やっぱ、疲れてんのかな、俺……。
最近、人に優しくされていない。最後に優しくされたのはEKに入社が決まった時、祖母から「ひなちゃんえらい」と褒められた時だ。その祖母も今はもうこの世にいない。ずいぶん長い間、気を張って頑張ってきたんだなと思って、感慨深い気持ちになる。
目の前の男は相変わらず無表情だったが、周防がそれほど悪い人間ではないように思えてきた。
――本当は、優しくて面倒見がいい、ばあちゃんみたいな人なのかもしれない。
その幻想は数日後、脆くも崩れ去ることになる。
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