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【4】その恋はズレ漫才……②

「コンサルあるあるだよな。よしよし、代わりに俺が弄ってやろう」 「あはは、やめろよー」 「俺はなかなかのビーチク使いだぞ」  陽向の後ろから森崎が手を伸ばしてくる。 「おお、確かにテクニシャンだ」 「だろ?」  二人羽織のようになってイチャイチャしていると、入り口の方から鋭い声が飛んできた。周防だ。 「ずいぶん楽しそうだな。仕事は終わったのか?」 「あ、お疲れ様です」  何かを察したのか森崎は背筋を伸ばして挨拶すると、すぐにその場からいなくなった。  素早い奴め。  そういう勘のよさが人事系の仕事で活かされているのだと思った。 「今のドラフトは第何稿だ?」 「……もう分かりません」  いつものようにポーカーフェイスの周防に向かって答えた。こんな時間でもパリッとしている。絵に描いたようなイケメンだ。できたてピカピカのエリートコンサルタントだ。  ――なんでだ? なんでなんだ?  本当に恐ろしい。色んな意味で周防が恐ろしくなった。  今回の資料作成で周防の凄さを思い知った。  とにかく一人でもの凄いボリュームの仕事をこなしている。百ページに及ぶ資料に目を通すだけでも大変なのに、それを全てのアソシエイトに対して行い、同時にもっと高いフェーズの仕事も完璧にこなしている。  ――コンサル・モンスターだ。  どんな小さな仕事でも妥協せずに完遂して、連日徹夜の中、家でシャワーだけを済ませて、また普通に出社してくる。疲れも見せない爽やかな感じで。  毎日、月曜日の雰囲気というところだけ自分と同じだった。  中見は全く別物だが……。  周防はサイボーグで自分はゾンビだ。はは。 「見せてみろ」 「……はい」  周防は、さっきの森崎を真似るようにパソコンに向かって後ろから手を伸ばしてきた。ふわりと香水の匂いがする。  近いな、と思った。  周防の体温はもちろん鼓動や息遣いまで聞こえる距離だ。  体の熱で温められたスーツの生地の匂いとYシャツの糊の匂い。思っていたよりも高い体温と力強い鼓動。成熟した大人の男の色気を感じて、なんとなくドキドキした。頼れるというよりは頼りたいと思う魅力がある。周防には同性にさえそう思わせるような雄としての引力があった。  ――あれ? 俺……ときめいてる?  怖いのに周防がいてくれるだけで救いがある気がするのが不思議だ。ずっと傍にいてほしいと思ってしまう。  考えて余計に心音が速くなった。じわりと頬の内側が熱くなる。  疲れているのだと思った。  ――うん、俺は疲れている。  甘えたい。誰かに甘えてしまいたい。よしよしされたい。癒されたい。  もう色々限界だ。  マジで寝たい。横になりたい。このまま周防に頼って、甘えて、抱き締めてもらえたら凄く安心するのに……。 「どうした?」 「いえ」  急にハッと目が覚めた。  今のはなんだと思った。  ――俺、おかしいだろ。  周防に抱き締められたいなんて……。  上司で男で堅物の鉄仮面なのに。  さっきまで怖いと思っていた気持ちはどこへ行ったんだ?  恐怖のドキドキと恋のドキドキを勘違いしたのだろうか。なんだこのセルフ吊り橋効果は。  いよいよメンタルがおかしくなったのかもしれない。 「分析のストーリーは前よりもよくなったな。独自の洞察(インサイト)がある。だが、圧倒的に仮説(イシュー)が足りない。自分が作りたいチャートを作るのではなく、仮説を交えて相手が理解できるチャートを作る必要がある。ここはパイではなくバーを使え。その方が見やすいし、分かりやすい」 「はい」  その後も、周防は的確なアドバイスをくれた。指示を元にドラフトを訂正していく。  気がつくと二十四時を回っていた。  八割ほど進み、陽向がもう少しやると言うと周防が首を横に振った。 「連日の徹夜だ。これ以上やっても逆に仕事の効率が落ちるだけだ。体にもよくない。休息は必要だ。今日は帰るといい」  周防の勧めでパソコンと書類を片付ける。  重い体を引きずってオフィスを出ると周防がタクシーを呼んでくれた。自宅の住所を告げると方向が同じだと言われ、周防も一緒に乗車した。どうやら区画が少し離れただけの同じ系列のマンションに住んでいるらしい。  タクシーに乗ると体が座席に沈んだ。  ――ああ……気持ちいい。お尻がふかふかする。  疲れと眠気でもう指先一本も動かせそうになかった。車の揺れが心地よく、すぐに眠りに誘われた。なんとなく周防の肩にもたれた気がしたが、暴力的なまでの眠気に記憶が飛んだ。

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