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【4】その恋はズレ漫才……③
大きな手で頭を撫でられる。
――ひなちゃんは頑張り屋さんやね。
――えらい、えらい。
祖母の声が聞こえた気がして、夢を見ているのだと分かった。
陽向は埼玉で育ったが、祖母は生まれてから十八歳になるまで奈良で過ごした。結婚を機に東京へ出てきたが、柔らかい関西弁の語尾はそのままだった。
祖母は陽向が就職してすぐに病気で亡くなった。就職祝いにくれたジュラルミンのアタッシュケースが最後のプレゼントになった。陽向はそれを今も大切に使っている。
陽向には心残りがあった。
祖母は亡くなる前、吉野の千本桜が見たいと言っていた。
埼玉から奈良へはかなりの距離があり、足を患っていた祖母が山に登るのは困難で、いつか機会があれば行くと約束したものの、結局のところそれは果たされなかった。
――今、やるべきことはきちんとやらなきゃいけないな。
後悔はしたくない。今、やれることを全力でやろう。
陽向は自分の心に言い聞かせた。
場面が変わる。祖母の顔が父親や母親の顔になり、やがて影のようになって消えた。
……ヨたん。
なんだろう。
……ピヨたん。
……可愛いな、ピヨたんは。
大きな手が陽向の旋毛を撫でている。不意に甘い匂いがして、額の上に柔らかいものが降りた。
――ああ、あったかいな。
夢の中でピヨたんに抱きつき、ふわふわの胸に顔を埋めている。幸せの塊だ。不意にピヨたんから抱き締められ、その胸で満足そうに目を閉じる自分がいた。幸福な光景に、陽向は心の底から安堵した。
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