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【4】その恋はズレ漫才……④

「――中」  男の声がする。ぼんやりと目を開けた。 「入中?」 「…………」 「大丈夫か?」 「……え?」  周防だろうか? いつもと違う髪型に一瞬、誰か分からなかった。  服も違う。周防はアヒル柄のポップなパジャマを着ていた。前髪を全部下ろしているせいか、日頃よりも幼く見える。まだ夢を見ているのだろうか? 「入中、大丈夫か? まだ体が辛いか?」 「……あれ」  なんでここに周防がいるのだろう。  ん? ?  ここってどこだ? 「タクシーの中で意識を失ったんだ。声を掛けても揺さぶっても反応がなくて驚いた」 「……え、じゃあ、俺はあのまま――」  急激に目が覚める。  周囲を見渡すと広いクローゼットと観葉植物が見えた。窓には遮光カーテンが掛かっていて、隙間から細い光が洩れている。奥にトレーニングマシンがあり、前衛的なデザインのラグの上に大きなベッドが載っていた。キングサイズだろうか。あまりの大きさに一瞬、ラブホテルかと思ったが、男の姿が部屋に馴染んでいるので、すぐに周防のマンションだと分かった。 「あの……すみません。とんでもないご迷惑を――」 「構わない。気にしなくていい」  胸に視線を落とすと自分もパジャマを着ていた。周防と同じアヒル柄のパジャマだ。お揃いかよ、と思わず言いそうになる。 「スーツが皺になると思ってな。よく似合ってるぞ」 「えっと、あの……」 「とにかくよかった。過労で倒れたのかと思って心配したが、ただの睡眠不足みたいだな。もう少し休んでいていいぞ。昨日より顔色はいいが、まだ疲れてるだろう」 「あの……」  今日は土曜日だ。プロジェクト中のコンサルタントに休みはない。陽向は少し休んで午後から出社するつもりだった。迷っていると布団を首まで掛けられて寝かしつけられた。母親が子どもにするみたいに頭をなでなでされる。  周防はカーテンを閉めると、そのまま部屋を出た。  ――なんか調子狂うな……。  広い寝室でぼんやりする。  タクシーの中で動かなくなった陽向をここまで運んでくれたのだろうか。わざわざ着替えさせて、ベッドに寝かせてくれた。どうしてそんなことをしてくれるのだろう。自分はアソシエイトで仕事もろくにできないくそ虫なのに……。  嬉しい気持ちと不可解な気持ちが同時に込み上げてくる。やはり、お母さん的なあれで陽向を放っておけなかったのだろうか?  周防の優しさは嬉しく、心がじわりと潤ったが、どれだけ考えても親切の理由が分からなかった。  さすがに二度寝するわけにはいかず、陽向はベッドから起き上がった。パジャマ姿のままリビングに向かうと奥から料理の音が聞こえた。気になってダイニングを覗くと、キッチンに立っている周防の背中が見えた。その姿を見て、あれと思った。  周防のパジャマは、今着替えたばかりのようにパリッとしていて皺一つなかった。  眠らなかったのだろうか?  もしかすると周防は自分に気を遣ってベッドを譲り、そのせいで一睡もしていないのかもしれない。  陽向は周防に声を掛けた。 「あの……ご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。もしかして、俺のせいでずっと起きたままですか?」 「ん? 心配しなくていい。いつものことだ」  フライパンを持った周防は、そこに座れと目で合図した。陽向は大人しくダイニングテーブルに腰を下ろした。  いつものこととは、どういう意味だろう。  確かに周防はどんな時も颯爽としていて疲れを一切見せないが、いわゆる短眠者(ショートスリーパー)なのだろうか。陽向は普段、七時間は寝ないと体がもたない。そのせいでプロジェクト中は常に睡眠不足だ。

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