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【4】その恋はズレ漫才……⑤

「朝食、食べられるか?」 「あ、はい。ありがとうございます」  周防がテーブルの上に皿を置いてくれる。見ると、スクランブルエッグとソーセージ、プチトマトのソテーが盛りつけられている。これを一つのフライパンで作ったのかと感動した。やっぱり、手際のいいお母さんみたいだ。 「入中は独り暮らしか?」 「そうです。両親はずっと埼玉にいます。姉が二人いるんですけど、どちらも結婚してるので一緒に住んでいません」 「家で料理はするのか?」 「いえ、全然」  就職してからキッチンを使ったことは一度もない。冷蔵庫の中は水とアルコールしかなく、それもほとんど飲んでいなかった。 「食事は全部、外食です」 「体によくないな」 「ですけど、独身のコンサルタントは皆そうだと思います」  周防はキュウリとレタスのサラダも出してくれた。 「野菜は残すなよ。全部、食べろ」 「はい」  手際よくトーストとジュースを出され、二人で向かい合って朝食を取った。  無言のままむしゃむしゃ食べていると周防と目が合った。じっと見つめられる。どうしたのだろう。何か変なことをしたのだろうか? 「可愛いな……夢のようだ」 「え?」 「いや、なんでもない」  陽向が何気なくダイニングにあるカウンターに目をやるとアヒルのフィギュアが見えた。東洋製薬のピヨたんだ。 「あれ、ピヨたんですね。周防さんって本当に仕事熱心なんですね。クライアント先のマスコットキャラクターを部屋に飾っておくなんて……なんか感動します。俺もそういうところ見習いたいです」 「いや……」  周防のマンションはペントハウスの三層(トリプレックス)で、賃貸か分譲なのかは分からなかったが、収入がいいと言われているコンサルでもトップクラスでなければ住めない部屋のように見えた。低層階の1LDKに住んでいる陽向のマンションとは何もかもが違う。その部屋で牧歌的なピヨたんの黄色いフォルムが浮いて見えた。そういえば寝室にあったトレーニングマシンの上にもピヨたんがちょこんと乗っていたなと思い出す。 「パジャマもそうなんですね。これはもらったんですか?」 「ん? これか。まあ、そうだ。他にも色々あるが……気にしないでくれ」 「可愛いですもんね、ピヨたん。実際に人気ありますし」 「そ、そうだな」 「周防さんはピヨたんが好きなんですか?」 「……す、すき」 「え?」  急に周防が立ち上がった。喉が渇いたのだろうか。コップの中のオレンジジュースがもうなくなっている。いつもより表情が硬いように見えたが、周防はそのまま冷蔵庫の飲み物を取りにいった。  周防を見ているとやはりコンプレックスが刺激される。  まだ三十歳なのに、いい部屋に住んで、料理もできて、イケメンで仕事もできる。パジャマにエプロン姿でも、男の研ぎ澄まされた硬質な美貌はそのままだった。仏頂面だがとにかく絵になる。  あと五年で自分が周防のようになれるとは思えなかった。なんとかコンサルタントまで階級を上げたいが、実際になれるかどうかは分からない。陽向はこれまでできるだけの努力はしてきたが、今回のプロジェクトで周防から厳しく指導されて自信を失くしていた。 「入中はどうしてコンサルになったんだ?」  戻ってきた周防から急に質問されて、心臓がドキリとした。 「ん? どうした。理由はないのか?」 「あります。人を幸せにしたくて……」 「幸せか」 「世界を変えたかったんです」  そう、自分と祖母のために――。  普通を、何気ない日常を、価値のあるものに変えたかった。

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