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【5】秘密と決意……⑤

「これは奇跡なんだ。女も男も駄目だった俺が今、勃起している。こんなにも真剣に、一途に体の中心に向かって血液を集めている。生まれて初めて、心と体が一致したんだ。俺は感動している。輝く生命の奔流と奇跡に。これは真実の愛だ」  ああもう、なんだよこれ。鉄仮面の上司に愛されるオスのくそ虫(アヒル着用)って、ハイパーな神話みたいだな。訳が分からない。どうすればいいんだ、俺は。  心の中であれこれ突っ込みつつも、反論の一歩まで辿り着けない。  それどころか、周防に抱き締められて近い位置で見つめあっていると、こっちまで変な気分になってくる。興奮ではないが、周防の熱を求めているのは、本当は自分の方なんじゃないかとさえ思えてくる。どうしてだろう。嫌じゃない。落ち着くし、心が安らぐ。自然と甘えたくなってくる。よしよし、してほしくなる。  その上、周防の顔と体に純粋にときめいている自分がいた。切れ長の目と高い鼻梁は美しく、近くで見る色白の肌は触りたくなるほどきめ細やかで、香水の混じった体臭も心地よかった。理由も分からず惹きつけられて目が離せない。どこも好きだと感じ、遺伝子レベルで何かが合う気がした。  心地いい? 何かが合う?  いやいやいや、そうじゃない。  そうじゃなくて――  これは周防の妙な引力にあてられているだけだ。元々、大人の男としての威厳と、ミステリアスで得体の知れない魅力を併せ持った、特別な存在なのだ。ごく自然に人を惹きつけ、こちらが勝手に従いたくなるようなカリスマ性もある。権威的ではないが、仕事やその他でも素直に人を従わせるコントローラータイプであることは間違いない。だから、今こうなっているのは周防の影響で自分のせいではないし、断じて俺はピヨたんではないぞと、己に言い聞かせる。 「俺と真剣に付き合ってみないか?」 「え?」 「俺の恋人になってくれ」 「……こ……こいびと」 「大切にする。もし俺の恋人になってくれたら宝物のように扱う。目一杯、愛して、大事にして、優しくして、一生の宝物にする。だから、俺を信じてほしい」 「えっとですね」  頭の中が混乱する。  周防を信用していないわけではない。  周防は仕事のできる男で、信頼のおける上司で、人間的にも魅力がある。その素晴らしさは充分に理解している。これからも仕事で指導を賜りたいし、尊敬のおけるコンサルタントとして周防の背中を目指したいとも思う。だが、それとこれとは話が別だ。そもそも二人は同じ会社の上司と部下で男同士だ。 「あの、一つ提案があります」 「なんだ?」 「周防さんが俺を好きだというのは、ただの勘違いです。多分……というか絶対にそうです。ピヨたんへの純粋な想いが俺に『転移』してしまったのだと思います。これは、よくあることです。それで……ですが、もしよかったら俺で訓練してみませんか?」 「訓練?」 「はい。女性が駄目で、男性にも興奮しない。でも、俺には興奮した。たとえば俺が女装してみて、何度か抱き合って、それでぶつぶつにならなかったら、自然に女性と対応できるようになるんじゃないですか? 慣れというかアレルギー対策みたいな感じで」 「うむ」 「ほら、アレルギーの治療でもありますよね? アレルゲンになるものを少しずつ摂取して、やがて体が慣れてアレルギー反応を起こさなくなるっていう。あれですよ、あれ。やってみましょう」 「……どうだろうか」 「俺としばらく触れ合ってみたらいいと思います。絶対によくなりますよ」 「この間、入中を抱き締めた時、入中も俺を抱き締めてくれた。今日も甘えるみたいに体を寄せてきた。そこに温かい愛情を感じた。……タクシーの夜の日は、目を細めてふわぁと可愛いあくびをした後、俺の肩にコロンしたんだぞ。ふみゅーと甘えた寝言まで出していた」 「ころん? ふみゅう?」 「いや、いい。とにかく恋人同士のような親密で甘い空気を感じたんだ。入中は俺に気がないのか?」 「気がないってどういうことですか?」 「俺のことを好きだと、そう感じた。今も感じているし、その……反応も見られたが」 「これは違います。ただの朝勃ちです」 「そうか、そうなのか……」  周防は傷ついた顔をした。  初めて見る周防の表情にドキリとする。傷つけるつもりはなかったが、申し訳ないと思ってしまう。表情の変化で、周防が冗談を言っているわけではなく本気なのが伝わってきた。慰めようと思い、咄嗟に言葉が出る。

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