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【5】秘密と決意……⑥
「好きじゃないわけではないです」
「では、好きなのか?」
「ガルウイングのスポーツカーが好きとか、白い鬣 の馬が好きとか、ロケットのフォルムが好きとか、そんな感じですけど」
「車と馬とロケット……乗り物になればいいのか」
いやいや、それは違うだろ。乗り物方面で真面目に検討されても困る。
周防に乗るとしても、乗れるのは膝の上ぐらいだ。
「とにかく、周防さんがずっと悩みを抱えて苦しんできたことは充分に伝わりました。話を聞いていて俺も胸が痛かったです。何か力になれればと思いました。でも、きっと大丈夫です。周防さんなら女性恐怖症を克服できます。要はぶつぶつにならなければいいんですから。これは俺の仮説 です。試してみましょう」
「俺と抱き合ってくれるのか?」
「それくらいなら大丈夫です。恋愛感情はないですけど、周防さんのことは別に嫌いじゃありません。尊敬していますし、触れ合うのも特に問題ありません」
「ああ、俺のピヨたん」
「え?」
急にぎゅっと抱き締められる。
「ピヨたんはなんて優しいんだ」
「あの……」
「アヒルの天使 だ。可愛い」
「周防さん」
抵抗する間もなく、長い腕と大きな手で優しく包み込まれる。周防の吐息が耳に掛かった。
「俺はピヨたんではないですが……」
「それは分かっている」
本当だろうか?
自分の体を抱き締めながらうっとりしている周防の顔を見て、信用ならないと思った。この男は間違いなくピヨたんに溺れている。ピヨたんを盲愛している。俺は断じてピヨたんではない。けれど、陽向はどうにかして周防の悩みを解決してやりたいと思った。
助けてあげたい。暗い苦しみの底から救ってあげたい。できれば、俺の力で……。
周防はこれまで誰にも相談できず一人で苦しんできたのだろう。その苦悩はひしひしと伝わってきた。周防は器用で完璧な分だけ、人に頼ったり悩みを打ち明けたりができなかったはずだ。強い人間は簡単に弱さを見せられない。弱さを見せることは周囲の期待を裏切るのと同時に、自身の価値観や存在意義を揺るがすことにもなるからだ。
周防を初めて見た時、完璧な男だと思った。今もそう思っている。まさか、こんな問題を抱えているとは思いもしなかった。だからこそ、その虚像と実像が乖離している分だけ、孤独と苦悩は深くなり、自ら助ける術をこれまで持てなかったのかもしれない。本当に辛かったのだろう。周防がポーカーフェイスでいる理由の一端も分かった気がした。選ばれし者の孤独は分からないが、人知れぬ悩みがあることの大変さは理解はできる。
そもそも、全てを手にしたエリートコンサルタントが女性恐怖症だなんて……言えるわけないよな。それも全身ぶつぶつになるなんて。けど、世界で一人、俺だけに反応するんだよな……。
――俺だけ……俺にだけ……。
陽向はまんじりともせず周防の腕の中で考えた。
うん、いけそうな気がする。
周防の恐怖症を治せる気がした。
失敗の多い人生を送ってきた陽向にこそできることがあるのかもしれない。
いや、自分にならできる。きっとできる。
やるぞやるぞと思いながら、周防の体温を心地よく思っている自分がいた。
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