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【6】抱っこで分かる愛おしさ……①
「どうですか?」
「ああ、可愛い。幸せだ」
「そうじゃなくてですね……」
陽向は周防の部屋で抱き合っていた。TVを観るようなリラックスした体勢で周防に後ろから優しく抱かれている。膝抱っこではないが、周防の体に守られるように親密な感じで包まれていた。
あの宣言から一ヶ月、二人はあらゆる方法で抱き合った。
当然、男の姿で抱き合っても意味がないので、陽向は姉や友人から女性ものの下着や洋服を借りて外見を女性に近づけた。試しにその変装姿で抱き合ってみたが、周防はぶつぶつにならず、話し方や仕草を女性に近づけても、結果は変わらなかった。女性が無理というのは嘘かと思い、顔にグラビアアイドルの写真を貼りつけて寝込みを襲ったら、途端に全身がぶつぶつになって驚いた。
顔や首はもちろん、手のひらや足の裏まで蕁麻疹が出て、周防の女性恐怖症は本物なのだと知った。どうやら周防の場合、女性の顔――特にメイクや髪形に苦手意識があるらしい。服装や仕草を変えてもぶつぶつにならなかった周防に、フルメイクをしてウイッグを着けた状態で挑んだら、やはり駄目だった。
今日はメイクはなし、服とウイッグだけを女性のものにしてある。ウイッグは短めのボブスタイルだ。
「幸せだ……」
「ウイッグもそうですが……やっぱり、メイクなのかな。ナチュラルメイクの時よりも、フルメイクの時の方が蕁麻疹が酷いですよね」
「入中は医者みたいだな……」
「似たようなものかと。色々、試行錯誤している途中ですが」
陽向はこれをカウンセリングと併せた治療のようなものだと思っていた。周防の恐怖症が少しでもよくなるように、段階を踏んで色々試している。コンサルで培ったロジカルシンキングがこんなところで役に立つとは思わなかった。
それとは逆に、周防は陽向と恋人気分を味わっているようで、抱き合っている今も全身から楽しさが伝わってくる。仕事の時よりも体温とテンションが高い。素直な反応に苦笑しつつ、これからどうやって治療を進めていこうかと陽向は考えあぐねていた。
本当はしっかりメイクをした状態で抱き合わなければ意味がないが、周防はあの手この手を使ってそれを阻止してくる。「入中はノーメイクの方が可愛い」と言われて嬉しくなっている自分に喝を入れた。
――なんか、幸せなんだよな……。
周防と抱き合っていると心が満たされる。
たったそれだけのことで幸せな気持ちになる。
治療を進めながら、心のどこかでこのままでいいかも、という変な迷いが生じ始めていた。その気持ちの正体がなんなのかは分からなかったが、こうやって抱き合っていると治療の意味を忘れてしまいそうになる。周防の女性恐怖症を治してやりたいのは本心だが、ありのままの周防を受け入れるのも悪くないと思ってしまう。けれど、それでは前に進めない。
進む? 進むって一体、どこへ進むんだ?
――分からない。
得意のフレームワークの先に明確な答えは見えなかった。
とにかく治すんだという使命感で心を満たし、次々と生まれ出る迷いを消した。陽向の中には仕事以外でも周防から必要とされたいという気持ちがあった。どんな些細なことでも構わない。男の役に立ちたかった。
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