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【6】抱っこで分かる愛おしさ……⑤

「潜入したい? それはどういうことだ」  週明けの月曜日、陽向は久しぶりにEKの本社にいた。ハイランド・コーポレーションの経営戦略立案は無事に進み、当初からハイランドが希望していたホテルと商業施設を各ビルに誘致する提案が進められていた。  ハイランドタワーの呪いは解決していなかったが、相手先の選定や実行フェーズまでEKが担うことになっている。少しでもクライアントであるハイランドにメリットがあるよう、シナジー効果の高い、つまり付加価値の向上が見られるホテルチェーンを誘致する予定だ。このプロジェクトにアサインされたコンサルタントはハイランドのために誰もが躍起になっていた。 「ハイランドの社員と営業に回った時、ちょっと変なことがあったんです」 「変なこと? それはなんだ」 「ハイランドのビル管理を行っているのは子会社であるハイランド・テクノサービスですよね」 「そうだが」 「そこで掃除のおばちゃんとすれ違った時、スマホで写真を撮られたんです。それも俺だけ」 「写真? おまえだけか?」 「多分、そうです。なんで俺だけ撮られたのか意味は分かりません。ただ、ちょっと気になったんで……」 「俺は分かる。それは入中が特別に可愛いからだろう。俺も入中の写真が欲しい。スマホの待ち受けにして毎日眺めたい。おばちゃんだけ狡い……」 「え?」 「いや、すまない。仕事中だったな」 「いや……いいですけど。他にも色々思うところがあるんで、ちょっと潜入したいなって」 「単独でか?」 「はい」  ハイランドのビルは全て子会社が管理・メンテナンスをしている。自社で回すことで無駄なコストを抑え、さらにグループ内で利益が出る仕組みだ。掃除もハイランドレディと呼ばれるおばちゃんが担当していた。 「俺、おばちゃんになって潜入してみます」 「そのことに確かな意味があるのか?」 「ハイランドタワーの呪いはまだ解明できていません。それに、あの人たちは意外な情報を持っていることも多いんです。この前の遊園地でも気づいたんですが、真の情報を得るには仲間として中に入るのが一番かと」 「確かに俺たちが普通にヒアリングしても、口外したらまずいことは教えてくれないだろうな」 「そうなんです。だから、俺、行ってみます。日々の女装がこんなところで役に立つとは思ってもみませんでしたが」 「ピヨたん……」  周防からじっと見つめられる。その目には可愛いと書いてあった。言わなくても分かる。 「俺のピヨたんが外の世界に……」 「違います」 「そうだな」  陽向の語気に、周防がすいっと正気を取り戻した。表情は変わらないがイケメン度が増す。オフィスではいつもそうしていてくれよと心の中で願う。 「分かった。手配してみる。だが、もしおかしなことや危険なことがあったら、すぐに俺に知らせてくれ。入中は俺の大切な恋人なんだからな」 「それは女性恐怖症を治すための契約みたいなものですよね?」 「たとえそうだとしても、恋人は恋人だ」 「そうですか」 「ピ……入中は俺の大事な部下でもある」 「俺のこと呼ぶ時、一回ピって言うのやめてもらえますか?」 「これは違うんだ」 「違いません」  陽向の冷静な対応に周防のオーラがシュンとなった。  可愛い? いや、違う。けれど、愛おしいと思ってしまう。  ずっとその顔を見たくなって思わず目を逸らした。  ――ああもう、なんなんだこれは。  陽向は気持ちを切り替えた。 「とにかく俺が噂の原因を突き止めます」 「分かった。なんだか勇ましいな」 「アソシエイトは影の実務部隊ですから。現場に入ってなんぼ、泥臭い仕事をしてなんぼです」  データで見えないことは足で稼ぐしかない。陽向はいつものように、やるぞやるぞと己を鼓舞した。  周防はまだ目をキラキラさせている。 「あの、何か?」 「潜入する前に俺にも写真を撮らせてくれ。大切にするから」

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